「America's Got Talent」
日本人初優勝の快挙
Kenichi Ebina
パフォーマー 蛯名健一(2014年1月10日記事)

世界市場で闘う戦術は
ベストかオンリーになること!

Pizza e Pazzi

さまざまなジャンルのパフォーマーが賞金100万ドルをかけて競い合うオーディション番組「America's Got Talent」。そのシーズン8に出場した蛯名健一さんが披露した"ダンスイッシュパフォーマンス"と自らが呼ぶパフォーマンスは、オーディション当初から審査員の大絶賛を浴びていた。そして昨年9月に行なわれたファイナルで見事優勝。そのニュースとともに、彼のパフォーマンスは動画で配信され、その認知度を一気に高めた。
「America's Got Talent」ではシーズン5以降、ファイナルに残ったタレントたちによるラスベガスでの公演を含む全米ツアーが敢行される。優勝者の蛯名さんを中心にした約2か月間に亘るツアー終了後、イベント出演のため、デトロイトに滞在中だった蛯名さんにお話を伺う機会を得た。まずは、優勝者発表の際、ステージでどのような気持ちだったのか訊ねた。
「驚きましたね。あの番組に参加したのは、優勝を狙って、というよりもプロモーション(売り込み)のためだったんです。将来的に演出の方に進みたいという意思があるので、そういう面を見せられたらという思いと、今後、ワンマンショーをするに当たり、自分のパフォーマンスの色々な面を見せられる場として絶好の機会だと思い、出演していました。番組を見ていた人は覚えているかと思うんですけど、毎回趣向を変えたパフォーマンスで登場するようにしていたのは、そういう思惑があってのことで、実験的な要素もありましたね。最終的には演出も高く評価されたので、それが勝因になったと思います」

数々のパフォーマンスの中でも、審査員らから最も感嘆の声があがったものは、彼のシグニチャームーヴである「エビケンゾンビ」。立った状態から膝を曲げ、仰向けに背中から倒れていき、そこから手で支えることなく、膝、腰、上体の順に起き上がるという技だ。誕生秘話を聞くと、「あの技を初めて披露したのは大学卒業後の頃ですね。クラブで踊っていて、仰向けに下がっていく動きをしていたんですが、ある時『戻ったらどうなるんだろう?』と思って、やってみたらできたという感じなんです」と、筋トレの成果によるものではないという、少々拍子抜けしてしまうエピソードを明かしてくれた。
「トレーニングは普段からしないですね。やった方がいいとは思うんですけど、続かないので…」と、努力は苦手であることを、はにかみながら付け加えた。

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蛯名さんが、ダンスのパフォーマンスを始めたのは20歳の時。米国コネチカット州で学生生活を送っていた当時、趣味でヒップ・ホップ・ダンスを始めたのがきっかけだという。その後、ジャズ、コンテンポラリー、パントマイムなどを独学で学んだ。そして、大学卒業後に移り住んだニューヨークで、日本人ダンサーを集め、アポロ・シアターで行なわれているアマチュアナイトに参加。同イベントは、出演者がステージで歌やコメディ、パフォーマンスを披露し、観客の拍手により優勝者を決定する催しで、過去にマイケル・ジャクソンやジェームス・ブラウンなどを輩出。トップアーティストの登竜門として知られている。蛯名さん率いるグループはそこで優勝を重ね、日本人初の年間チャンピオンに輝いた。その後、ソロパフォーマーとして本格的に活動をスタートさせ、ニューヨークを拠点にテレビやイベントに出演。2007年には著名人がプレゼンテーションをする国際的な会議TEDの日本人初の登壇者としてパフォーマンスを披露するなど活躍の場を広げてきた。「大学卒業前からすでにダンスパフォーマンスを続けていく環境ができていたので、キャリアを確立するまで自然な流れができていました」と言う蛯名さんに世界で戦う上で、信条にしていることは何か問いかけた。

Pizza e Pazzi

「どんな業界にも通じるかと思いますが、ベスト・オア・オンリーだと思っているんです。その業界の中でベストになる、つまり競争率の高い場所でトップまで昇りつめるか、別路線に行って競争相手のいないところにいく、そのどちらかだと思っているんです。僕の場合は、ベストの方に向かおうとすると大変というか、僕が苦手な努力ということをしなくてはいけなくなってしまう。それで、オンリーの方に行ってみたら、案外すんなり道が開けたっていうことです。僕が『America's Got Talent』でやったパフォーマンスで例えると、ダンスやマジック、パントマイムをやったり… と、いろんな要素が入っていたんですが、そのそれぞれはベストではないんです。ダンサーから見れば、僕のダンスは『そんなのダンスじゃない』って言うだろうし。マジックもレベルは低いですし、パントマイムにしてもかなり雑ですし…。すべてその分野ごとにグレードを点けるとすれば、Aではなくて、BとかCとかだったりするんですよ。でも、その異なる要素のものを合わせたパフォーマンスをしている人はいない。そういう見せ方に関してオンリー。人がやっていない方向に進むと競争力が下がるので、物事が途端に簡単になるんですよ」今回の優勝も含めて、自身のキャリアというのは戦略的な自己演出力によるものだとさらに続けた。
「僕のパフォーマンスは、ファストフードのコンボメニューみたいなもの。それぞれは本格的なものに比べて劣るけれど、セットになるとお得感が出て、多くの人をターゲットにできる。僕がエンターテインメントのパフォーマーとして楽しませる相手はダンサーとかマジシャンとかそれぞれのプロフェッショナルではなく、一般人。パフォーマンスを続けている間に、必ずしもスキルが高いからといってウケるわけではないということがわかってきたんです。ワインにしたって、素人は1000円と何万円の味の違いなんてわからないじゃないですか。時に安いワインの方がおいしく感じたりね(笑)。もちろん、その道を極めて文化を向上させていく人も必要だと思います。それは他の人に任せて、僕は浅く広く、その楽しさをより多くの人にわかってもらうことにより喜びを感じています」

「America's Got Talent」の優勝後の会見 で、「2020年に開催される東京オリンピックの開会式の演出に関わりたい」と今後の展望を笑顔で語っていた蛯名 さんに2014年の抱負を伺った。「ワンマンショーを開いて、世界各地で自分のパフォーマンスを披露する機会を増 やしたいです。トロントにも行くことができればと思います」。  

自分の能力を認知して市場を定め、そこで求められるものをプレゼンテーションする。蛯名さんの言葉には、文字で見る「自己演出」や「マーケティング戦術」の理論よりも、世界市場で闘って会得した説得力が感じられた。




 
 


Biography

えびな けんいち

1994年、留学のため渡米。在学中に趣味でヒップホップダンスを始める。2001年、ニューヨークのアポロ・シ アターにて開催されているアマチュアナイトで日本人初の年間チャンピオンに輝く。その後、シルク・ドゥ・ソレ イユのスペシャルイベントほか、世界各地のショーやイベントにゲスト出演。2012年、日本の神技を競う番組「KAMIWAZA ~神芸~ 2012」にて優勝。同年より拠点を日本に移して活動中。 www.ebinaperformingarts.com