一期一会の心地よさ
Kishi Bashi
ミュージシャン キシバシ(2013年3月1日記事)

遊び心を取り入れた音に全世界が夢中…
バランス感覚優れる日系ミュージシャン

週末に降り積もった大雪がうず高く路肩に残る2月11日、トロントのダウンタウンにあるグレイト・ホールは活気で溢れていた。ステージに立つのは「Kishi Bashi(キシバシ)」。日系アメリカ人のミュージシャンK. Ishibashi(本名はイシバシ・カオルさん)のソロプロジェクトだ。ギター? ウクレレ? と思いきや、彼がその手に持っているのはヴァイオリン。顎に挟み、肩に当てて弾く楽器、とばかり思っていたので驚く。また、サポートメンバーのうち、右隣はベース… ではなくバンジョー。何とも不思議な組み合わせだ。

Pizza e Pazzi  ライブ開始から遡ること約4時間。サウンドチェックをしている最中の会場に入らせていただき、トロントニアンに先駆けてその音楽を鑑賞させていただいた。5分も経たないうちに、思い描いていた彼へのイメージは、いい意味で増長される。弊誌2月1日号の音楽ページの記事で紹介したとおり、美しいメロディのポップ。確かにそうなのだが、言葉だけでは表現しきれないほどのエナジーに溢れているのだ。ヒューマンビートボックス(注)なども取り入れた遊び感覚。新しい感性を取り入れた、気持ちの良くなる音楽を届けてくれるミュージシャン。今、一番注目のアーティストだと言われる理由が分かる。

「お待たせしちゃってすみません」サウンドチェックがひと通り終了し、取材班のところまで来てくれた彼は、ニコリと気さくに声を掛けてくれた。そして、アメリカ育ちだということが分からないほど流暢な日本語。日本のマネージャーなどから来たメールなどの文章を読む時には「漢字があると(読むのに)時間が掛かる(笑)。漢字を飛ばし飛ばしで読んでも、大体の意味は分かるけど…」と言うが、会話をしている分には全く普通の日本語話者だ。日本人の奥様と出会ったことが日本語の上達に繋がったという。

「でも日本人かアメリカ人か、と聞かれたら、僕は基本的にアメリカ人的ミュージシャンだと思います。日本語が喋れるだけで。(作品には)日本語を入れてますが、あれは別に日本人向け(日本を意識した)ということじゃないんですよね。なんか、ちょっと変わったことをしたいな、と思って…。分からないことがあると喜ぶ人が多いじゃない(笑)? アメリカ人にとっては(日本語は)ちょっとエキゾチックでしょ?

 もちろん、英語の歌詞の意味と日本語は繋がってますよ。日本人が聞いてもちょっと面白い、また、アメリカ人でも少し日本語が分かる人がいるから、そういう人にとっても楽しめるんじゃないかな、と思ったんです」

 彼が言うとおり、キシバシの曲には、ところどころに日本語が散りばめられているものがある。文章になっているものだけでなく、その多さが日本語の特徴ともなっている擬声語を入れているのだ。例えば、"蚊に刺された、チク… ""ギッタン、バッコン(シーソーの音)" など、単語をピックアップするセンスが絶妙だ。加えて、昨年の12月にリリースされた彼のアルバムのタイトルは『151a』。このタイトル、『一期一会』と読む。「(キシバシの歌詞中の日本語は)日本人の感覚では出来ないことかも知れませんね。(アメリカで育ったからこその)ちょっと変わった感覚があるのかも。アルバムのタイトルは読めた? あんまり説明したくないからさ、ちょっとミステリアスな感じで…。実は、数字にするっていうアイディアはね、うちのお袋から(笑)。自分でタイトルは『一期一会』がいいな、と思ってたんだけど、お袋が『数字にしたらどうだ』って言ったんです」

 

bits

なかなかセンスのよいお母様。確かに日本では、歴史の年号や電話番号などの数字を文章で、反対に文章を数字で表したものを多く見かける。やはり、ご両親は音楽関係のお仕事なのだろうか?

「いいえ。音楽は好きなんですけどね。子どもの頃からヴァイオリンはやってましたが、バークリー音楽大学に行く前は、コーネル大学というところの工学部。電子工学をやっていました。でも、そこで落ちこぼれて(笑)、凄く音楽が好きだったのでその大学を辞めてバークリーへ…。
バークリーではジャズ・ヴァイオリンをやりました。そこからまたニューヨークに引っ越してきて、ジャズっぽい音楽をしながらバンドを始めた。それが『ジュピター・ワン』というバンドです」

 その後、デビュー以来一貫してインディで活動しているにも限らず高い人気を誇るバンド『オブ・モントリオール』のメンバー(後にツアーメンバー)として活動していたが、2011年にソロとして初のEP「Room for Dream」をリリースしたキシバシ。当初は様々な楽器を使用し、マルチ・インストゥルメンタリストとして知られていたが、今は少し違うという。

Pizza e Pazzi 「ライブは、ボーカルとヴァイオリンのみでやります。昔は別の楽器も入れてたことがあったんだけど、この2つだけで頑張ってますよ、っていう方が魅力があるかな、と思って。セットアップも凄い簡単だし(笑)。今回は2人、サポートでお願いしたけれど、セットの一部はソロですよ」

 トロントのライブでは中盤に入れられたソロパート。キシバシの世界がより深く伝わってくる。今回のツアー用にツアーマネージャーが制作したというセットもポップな中にどこか懐かしさを感じさせ、会場を盛り上げる。そして、身体を揺らしながら聞いていた観衆が「ワーッ」と一斉に歓声を上げた。テレビコマーシャルでお馴染みのあの曲の演奏が始まったのだ。
キシバシの楽曲はマイクロソフト、ソニーなどのコマーシャルに使われている。そして日本のテレビ番組を視聴している人にはきっと記憶に残っているだろう、ドコモの新しいスマートフォンのCM曲も彼の作品だ。アコースティックで、高揚感に溢れる楽曲。キシバシは日本にも着実にファン層を作り出している。
「日本のツアーでは長野にも行きましたよ。東京など(の大都市)でもライブはしましたけど、呼んでくれるところなら行きます、ということで、長野へ。みんな凄く喜んでくれましたよ」

 そんなまさしく一期一会の出会いが次へと繋がり、この夏、再度長野に足を運ぶというキシバシ。日本滞在中は「サマーソニックにも出演するかも知れません」というから、いよいよ大ブレイクの兆しあり! 溢れるエナジー、耳に心地よいサウンド、そしてレイドバックなその人柄まで、どれを取っても先取りをしておいて損なしのアーティストだ。



(注)ヒューマンビートボックス:人間の口でレコードのスクラップ音やベース音などをリズムに乗せて音楽にするテクニック。

 
 


Biography

キシバシ

1975年、シアトル生まれ。「Kishi Bashi」はソロプロジェクト(本名のK. Ishibashiより)。7歳よりヴァイオリンを始める。バークリー音楽大学でジャズ・ヴァイオリンを学び、卒業後はバンド「ofMontreal」のメンバーなどとして活動する。2010 年に脱退。翌年、ソロとして初のEP、12年にはアルバム「151a」をリリース。このアルバムの収録曲は、マイクロソフト、ソニー、スマート(自動車会社)のCM に使われている。また、日本のドコモ、花王などのCMにも楽曲を提供。
www.kishibashi.com