本質的な孤独を描くカンヌ受賞作品『淵に立つ』
Koji Fukada
映画監督 深田 晃司(2016年12月2日記事)

自分が最初の観客だと思って、面白いと思うものを作る


今年で第41回目を迎えた、アカデミー賞前哨戦ともいわれるトロント国際映画祭に出品された日本映画の中で、30代にして世界から称賛を浴びている深田晃司監督の『淵に立つ』があった。今年5月に開催されたカンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門審査員賞を受賞した本作は、ありふれた温かい日常の中に潜む闇を独特の重い空気感で描いており、オーディエンスにさまざまな疑問を投げかけてくる。このオリジナル脚本はどのようにして生まれたのか、笑いや孤独、恐怖、困惑、混乱といった感情を浮き彫りにしていくストーリーの根底を流れているものは一体何なのか、手がける作品が数々の賞に輝き、その手腕にますます磨きがかかる深田監督にお話を伺った。

―カンヌ国際映画祭での「ある視点」部門審査員賞受賞の快挙、おめでとうございます

「ありがとうございます。カンヌに行けるだけでもありがたいことだったのに、受賞と聞いて私自身、本当にびっくりしました」

―受賞スピーチではどんなコメントをされたのですか?

「実は、日本では監督が海外を目指す制度が不十分なんです。たとえば日本とフランスの間では、いわゆる合作協定みたいなものが結べていません。賞をいただいた時、今こそ皆が話を聞いてくれるチャンスだと思い、なぜ協定が結べていないのかという話をしました。おかげさまで日本のメディアが取り上げてくれました」

―作品を作るときには海外に出すことも常に意識されているのですか?

「作る段階では、日本も海外も意識していないですね。自分自身が一番最初の観客だと思って、自分が面白いと思うものを作る、それが結果として普遍性を持つものであれば、海外へ行けると思っています。ただ、製作資金に関して言えば、海外の資本と組んだ方がより自由にものが作れるようになるので、海外との合作ということは意識していきたいと考えています」

—トロント国際映画祭にも出品された『淵に立つ』は日仏合作で監督にとって長編5作目ですが、製作することになった経緯を教えてください

「最初にこの話を書いたのは2006年で、A4用紙一枚のあらすじからスタートしています。当時はキャリアも今ほどなかったですし、資金を集めるのも難しかったので、物語の前半部分だけを抜き出して、パイロット版を作ろうと考えました。それが結局、まったく別の『歓待』っていう長編映画になったんです。北米でも公開され、それを見てくれたプロデューサーが声をかけてくれて、2年くらい前にまた動き出しました」


Courtesy of TIFF

―そうでしたか。本作は『歓待』とはかなりトーンが違い、重くミステリアスですね。また、全ての事件の真相が説明されないので、オーディエンスは登場人物の「真相を知りたい」という気持ちを共有することになります。でも、実は何が真実なのか本当にはわからないことに行きあたりました。それは、たとえすぐ傍にいる「家族」でさえも

「『家族』というのは『不条理』である、という言い方をよくするんですけど、やっぱり人間は本質的には孤独な存在だと思うんですね。それが制度のもとに寄り添って生きている。本当に孤独と向き合って生きるのはつらいので、たとえば家族であったり、宗教、信仰であったり、そういった社会性をもってして、孤独であることを忘れようとするのが人間だと思うんです。でも、現代社会において、宗教は昔に比べて力を失ってきていている、家族制度も現代的な人間観の中でどんどんタガが外れていく、そんな中、一人で孤独と向き合わなくちゃいけない時間が増えている。そういったものを描くために、その前提として『家族』というものを描きたいと思いました」


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—多くの賞に輝いた短編映画「岸辺のふたり」には台詞がありません。本作にも台詞がありませんが、長編作品で台詞がないことにリスクがあるとは考えませんでしたか?

「実は当初、共同脚本執筆者のパスカル・フェランが、もう少し強い印象を与えるために台詞を入れようと提案してきました。それで、脚本の段階で少しだけ台詞を入れたのですが、高畑さんと鈴木さん、特に鈴木さんが『台詞ははずした方がいい』と。『(台詞がなくても)観客は理解できるよ』という彼の言葉を聞いたとき、正直、安堵しました。私も台詞がない方がクリアでいいと思っていたからです。以降、作品作りが俄然楽しくなりました。シンプルでリスキーで難しいと感じる人もいたでしょうね(笑)。でも、これでうまくいけば強烈な個性を持った作品になるはずだと考えました。おもしろいことに、ある日、新しく製作チームに入ってきた人に台詞がないことについて意見を求めた時、彼はこう言ったんです。『あぁそうですね、確かに台詞がない。だけど、それに気づきませんでした』。『よし! これでいける、大丈夫だ』と確信しました。一方で、息遣いが聞こえるのは非常に重要だと考えました。笑い声、叫び声、咳をする、そして呼吸の音も。これらの音がないと音声を消している画像に見えてしまう。観客は自然に出てくるノイズを聞き、そこに生命があることを感じるのです」

—キャストは演技派の俳優さんばかりですが、撮影中の出来事で印象に残っていることを教えてください

「すごくクリエイティブな俳優さんたちが揃ってくれました。たとえば浅野忠信さんの衣装の赤いシャツ、あれは彼から出てきたアイディアなんです。すべての俳優さんがアイディアをたくさん出してくれたので、すごく助かりました。あと、筒井真理子さんと古舘寛治さんは2人とも演劇出身で、演技とはこうだ! っていう思想を自分の中に持っている人達なんですけど、リハーサルでもしょっちゅうぶつかって、ケンカ腰で演技論を戦わせていました。それを楽しそうにニコニコしながら浅野さんが眺めているっていう(笑)。そういう状況が、この映画の中の夫婦関係とも重なって、傍から見ても本当に仲の悪い夫婦みたいだった(笑)」

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—物語はそうなってほしくないと思う方向にどんどん進んでいきます。印象深いシーンがいくつもありますが、中でも赤いドレスを着た女の子の前で浅野さんが直立不動で立っているシーンがひと際強く心に残りました

「ありがとうございます。あのシーンに関しては暴力の怖さというか、人生において暴力がいかに理不尽に人生に介入してくるか、ということを描きたいと思ったんですね。浅野さんは、僕の中で暴力の象徴で、理不尽に破壊していくもの。さきほど、すべてが明かされないと言っていただきましたが、浅野さん演じる八坂自身がなんでああいうことをしてしまったのか、たぶん彼自身にも分からない。だから、棒立ちになっているのは八坂自身が茫然としている姿で、ああいうことをしてしまったことを彼自身が一番驚いているのだという混乱を受け取ってもらえたらと思います」


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—今後、どんな作品を撮ってみたいですか?

「この間、ロケハンしてきたばかりなんですけど、来年インドネシアで青春映画を撮るつもりです。本作よりももうちょっと明るいトーンになると思います。キャストについては俳優たちと交渉中です」

—前作はコメディで本作はミステリー、次は青春映画と、さまざまなジャンルへと広がっていきますね

「そうですね。表面的なジャンルというのは、その時に撮りたいものを撮っていくので変わっていくでしょうね。でも、本質的に通底している部分というのはおそらくあんまり変わらなくて、結局は人の孤独といったものを繰り返し描いていくことになるんだろうなと思っています」。


Biography

ふかだ こうじ
1980年生まれ、東京都出身。大学在学中の99年に映画美学校に入学。2005年、劇団「青年団」演出部に入団。2006年、中編アニメ『ざくろ屋敷』でパリ第3回KINOTAYO映画祭ソレイユドール新人賞を受賞。10年、『歓待』(11年公開)が東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。13年、『ほとりの朔子』(14年公開)でナント三大陸映画祭グランプリ&若い審査員賞をダブル受賞。16年、『さようなら』(15年公開)がマドリード国際映画祭にてディアス・デ・シネ最優秀作品賞を受賞。『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門審査員賞受賞。

映画『淵に立つ』公式サイト:fuchi-movie.com