好奇心をそそる料理で外交を支える
Koki Nagaoka
在トロント日本国総領事公邸料理人 長岡 宏記 (2015年3月20日記事)

日本と各国の良好な関係維持や交渉、邦人支援のため、さまざまな国の政府関係者や財界人、芸術・学術関係者ら、ゲストを迎える総領事公邸。そのキッチンには、”食の外交官“とも言われる公邸料理人の姿がある。昨年9月、中山泰則総領事の着任と同時に在トロント日本国総領事公邸の料理人を務めることになった長岡宏記さん。担当の総領事と任期を共にする公邸料理人は、”食“の面から外交を支援する縁の下の力持ちだ。

「”食の外交官“と言われているのが公邸料理人。私も初めは大げさだと思っていましたが、まんざら嘘でもない。お客様に料理を食べてもらえないと、外交の話も盛り上がらない。そんなプレッシャーはありますね」。公邸料理人とは、との問いに開口一番こう答える。

「週に数回、公邸でお客様をもてなします。事前に知らされる国籍、性別などの情報を基にまずはメニューを作り、食材の調達、仕込み、調理をします。最大の難関はメニュー作り。美味しいことは当たり前。話が途切れないようスムーズな手運びをしてもらうための料理の配置、食べやすい大きさを考えます。そして、ゲストが自然と手を伸ばしたくなるような好奇心をそそる盛り付けをいかにするかということが私の勝負です。レストランとは違い料理は主役ではない。あくまで外交が最優先です」と話してくれた。もちろん、来客時のもてなしだけが仕事ではない。「来客がない時も次回のメニュー作り、食材の調達等で忙しくしています。全て一人でやらないといけないので」と語る長岡さん。公邸料理人は、食材の調達から調理まで、すべてを任されているのだ。


着任して約半年。レストラン勤務とは勝手が違う重責に初めは苦悩もあった。「最初の頃はオードブルを食べてもらえず悩みました。そのせいで話が弾んでいない気がして。でも3か月くらい試行錯誤の末、フォアグラのテリーヌが完成して、国籍を問わず食べてもらえるようになりました。料理が全てなくなった、きれいな皿が戻ってくる時が一番嬉しい瞬間。この(フォアグラの)料理には本当に助けられました」と、慣れた手さばきで一皿を作ってくれる。会食の前菜として使う自慢の料理、フォアグラのテリーヌだ。しっかりと下処理したフォアグラから作る主役のパテは、芳醇さとしっとりとした食感が特徴。それをシナモンなど10種類以上の香辛料を使ったスポンジ生地風の「パン・デピス」とフォアグラの濃厚な脂で挟み、層を作っている。さらに、レモンとしょうがのジャムの爽やかさ、ゆっくりと時間を掛けて揚げたオニオンフライのサクサク感と塩気が花を添える一品だ。


「オンタリオ産のフォアグラは脂と血管が多いのでソテーをすると生臭く、油が出る分、調理の手間も時間もかかり過ぎてしまう。でもフランス料理にフォアグラは欠かせない。そこで考えたのがこの料理。これなら前もって下ごしらえができ、臭みが少なく食べやすい。盛り付けにも時間が掛けられます」。赤、黄、緑と色彩豊かに盛り付けられたこの料理は、第一印象で華やかなインパクトを与えるとともに、どのような味なのかと想像を掻き立てる。長岡さんの言う”好奇心をそそる料理“だ。


もてなしは準備段階に留まらない。「私はあくまで料理人。お客様の前に出ることはないですが、必ず顔や雰囲気を見るようにしています。食材の大きさ、料理を出すスピード、会話に笑いはあるかなどを確認します。その上で量や味付けを調整して、その後の料理を出します。その方が食べてもらえる気がするんです」。実際にそれが功を奏しているという。

「一意専心」が長岡さんの座右の銘だ。着任以来、趣味のフットサルやスノーボードはおろか「実はカナダのこともまだあまり分からない」と言うほど、ひたむきに料理と向き合っている。そんな長岡さんが料理の道に進んだきっかけは?「自然豊かな長野で育って、これからもこういう環境で生活するにはどうしたらいいかと考えた時、料理の道だと思ったんです。中華料理店をしている父の影響も少しはあったと思いますが」と笑う。高校卒業後、東京の料理専門学校に進学。銀座、軽井沢、地元佐久市のレストランで勤務した。料理人としての転機は銀座のレストランでの経験だ。「怖い顔したおじさん達が、眉間にしわを寄せて一枚のタケノコを真剣に焼いていた。本当に真剣に。その時『凄い世界だ、かっこいい』と心打たれました。それが本当の始まりだった」と、目を輝かせる。そこでの下積みは厳しいものだったが、その経験を経て料理にのめり込み、次第に楽しさも分かるようになったという。

カナダは長岡さんにとって初の海外の地。「自分を追い込むために来たようなもの。日本では誘惑も多いが、ここでは常に料理のことを考える。『一意専心』は、カナダで今まさに目指しているものです。ただ料理だけに集中していきたい。次の目標は、そうですね、まずは春らしい料理を考えたいです」。長岡さんの挑戦は続く。


 
 


Biography

ながおか こうき


1985年、長野県佐久市生まれ。高校卒業後、東京の辻フランス・イタリア料理専門カレッジでフランス、イタリア料理の基礎を学ぶ。東京・銀座のレストランで1年半、軽井沢の軽井沢ホテルブレストンコートのレストランに5年、佐久市のヴィーナスコート佐久平で約2年勤務した。昨年9月、在トロント日本国総領事公邸の料理人に就任。