未来へ伝えたい伝統
小柳 喜美子
人形作家(2012年3月16日記事)

日本古来の工芸の美しさをカナダへ

現在、日系文化会館のギャラリースペースで開かれている人形展では、日本の伝統的な雛人形や市松人形と、彫刻のスタイルを盛り込んだモダンな人形が仲良く並んでいる。全く異なる外見であるのに、お互いに強い繋がりを感じさせる可憐な人形たち。それもそのはず、これらの人形は、東京の人形師の元に生まれた兄弟姉妹が作りだしたもの。どこかに感じた繋がりは、血の繋がりであり、そして、遠く離れた土地に住みつつも守り続ける伝統の繋がりなのかも知れない。「私は8人兄弟の真ん中。兄は4人とも他界してしまいましたが、弟と私、そして妹や親類を合わせて、6人の作品を村岡ファミリーとして今回は展示することができました」

バーリントン市在住の人形作家、小柳喜美子さんは東京生まれ。2代目人形師を母に、3代目硝子吹きの工芸家を父に持つ、と話してくれた。

「8人兄弟が3代目として一緒に仕事をしている、というのは当時でも珍しかったですね。兄4人と比べると、私はお手伝い程度の仕事しかさせてもらえませんでしたが、生活するために伝統的な人形を作るために毎日教えられました。その頃は戦時中であり、戦後であり、家族 が団結しなければ生きていくことができなかった時代なんです。だから、好きで(人形師の世界に)入ったというわけじゃないんですよ。自分が人形師の3代目として生まれてなかったら、この道には入ってないと思います。日本にいた時はむしろ、私の目はヨーロッパの方に向いていました、伝統的なものよりもね」

伝統の人形作りを基礎にしつつモダンなエッセンスを加えた喜美子さんの人形は、伝統工芸を学びつつ、いろいろな芸術に興味を持って接した彼女だからこそ生みだすことができた独特なものだ。

「日本の伝統的な技術を使ったのは、私は人形の世界から離れるわけにはいかなかったからです。彫刻に人形の技術をいれて、顔の小さい、すらっと背の高い作品を作っては公募展に出していました。そうすると、下町の小娘がこんな人形を作った、と、いろんな人形専門家が見に来てくれたりね。でも伝統的なものではないので、”これは人形ではありません“といわれたりしてましたね(笑)

村岡家で作られる人形は、桐塑胡粉彩色人形(とうそごふんさいしきにんぎょう)と呼ばれる。桐の粉を糊を混ぜ合わせたもので形を作り、彫刻の技術で人形の原型を切り出す。そして、胡粉をにかわで溶いた白い顔料を塗るのだという。

「胡粉っていうのは、能面などに塗られる貝殻を砕いたものです。それを、にかわ、要するにゼラチンですね、こちらではラビットグルーと呼ばれる動物の骨から取る特別に強い糊と練り合わせて作ります。火に掛けて、3日も掛けて自分で作るんですよ。この粉は特別なところでしか売っていないですし、出来上がりの混ぜたものを売っているところもありません。私は大きく分けて、( 糊が)強いものと弱めのものを2種類は作りますね」

既に出来上がりの胡粉液が売ってない理由は、使う目的によって、そして気候によって、混ぜ合わせるにかわと胡粉の量を変えなければならないからだという。そして、その量の微妙な違いは一朝一夕に教えられるものではなく、職人が肌で感じで学んでいくものだ。

「学ぶには徒弟制度をとらないと難しいでしょうね。先生と一緒に住んで、手伝いながらその技術を盗んでいく。先生は実際には教えてくれませんが、触ったり、測ったりすることで覚えていくんです。そして、独立したら今度は自分の経験を通じて技術を磨く。習ったことはもちろん生きるんですが、自分がやりたいことによって割合は変わりますね。だから、そこからが出発点になるんです」

喜美子さんのように、背の高い作品に胡粉を塗って仕上げるのは、特別難しいという。その理由は、上から下へ胡粉を塗っていくうちにその液の温度が変わっていってしまうから。温度は一定に保たれなければいけない。また、水分が入っているものはどうしても重力に従って上から下へ落ちていく。胡粉液も例外に漏れず塗ったそばから下に溜まっていく。そのため喜美子さんは、人形の上部に塗る胡粉と下部に胡粉の強さ(濃度)を変えているという。

「大変なんですけど、でも、やっぱり胡粉だけの美しさがあるんですよね。他の絵の具では出来ないんです。白いハウスペイントを塗ればって言われても、その色じゃあ全然だめですもの。あまり変わらないじゃないか、って言う人もいるかもしれないけど、美しさが本当に違うんです。ただ、その技術は、習うのがあまりにも大変。この胡粉の技術を教えられる人はやがて少なくなりますね。これは失なわれていく技術かもしれないですね。

それにね、胡粉の材料となっている貝殻自体が変わってきていて、専門家は胡粉の質が良くないって嘆いてますよ。自然が汚染されるにつれて貝も汚染されて、自ずと変わってくるんでしょう。自然のものですからね。海から採った貝、日本の桐…。桐の木ってこちらにはないんですよ。気候が厳しいでしょ? だから育たないんです。でも、カナダの木でここに住む人が何かを作れなきゃいけないと思って試行錯誤はしています。パインツリーを使ったら大丈夫なんですけど、胡粉は代わりになるものがないですね」

少しだけ寂しそうに語る喜美子さんだが、弟である3代目・村岡茂さんの作品を見ながら微笑む。

「弟の村岡茂は日本橋三越にコーナー持つことになったんです。今回はトロントに来ることは出来なかったんですが、いい作品を作ってますよ。彼の作品を見て、驚いたんです。”あら、こんなに腕がよかったの? “ってね(笑)。

モダンな家に住むようになった今では、伝統的な人形を飾って楽しみたい、と思う人は少ないかも知れませんね。昔は生活がもっと人形と密着していましたよね。結婚したり、子どもが生まれたり、その子が進学したり、人生の節目節目にお人形を飾ったんですけどね」

ひな祭りが過ぎ、日本では端午の節句が近いこの季節、今と昔の人形芸術の良さを伺える村岡兄弟の人形展でモダンな作風に触れながら、そこに漂う伝統を感じて春の一日を過ごしてみるのもいいだろう。

Biography

こやなぎ きみこ

江戸時代から続く人形師の家系に育つ。父は人形の目を作る「玉眼師」、母は人形師。日系2世の建築家と結婚し渡加。8 人兄弟で早くに他界した長女以外、兄弟姉妹全員が人形師。弟の村岡茂さんは人形師として活躍中で、その息子2人もまた人形師。妹のストーン美智子さんは米国人と結婚し、現在カリフォルニア州在住。茂さん、美智子さん、喜美子さんの3人で東京・銀座で「村岡きょうだい展」などを開催し、好評を得ている。kimikokoyanagi.googlepages.com