剣の道を通じて”基本”を学ぶ
千葉 仁
剣道家(2011年09月2日記事)

「打たれて感謝、打って反省」の修行道

この夏、トロント剣道クラブが30周年を迎え、これを記念してトロント大学ミシサガ校で開催された国際剣道セミナーに、日本から範士8段・千葉仁先生がゲストとして参加。今回は、その千葉先生を訪ねて、セン トクレア・ウエスト駅近くで練習中のトロント剣道クラブにお邪魔した。

コミュニティセンターの玄関をくぐると、体育館から勢いよく掛け声が聞こえる。防具に身を包んだ30名近くのクラブ員の皆さんが文字通り汗を流して練習に励んでいた。その真ん中にトロント剣道クラブで指導をする木村重男先生、横にはじっとクラブ員の動きを見つめる千葉先生の姿が見える。しばらくすると、各先生の前にクラブ員が列を作り始めた。一対一で稽古をつけてもらうようだ。
「オーラがね。立合った瞬間に『絶対勝てない』って思うんですよ。気合が全然違う…」と千葉先生に稽古をつけてもらったばかりのカナダ人剣士が語る。「(笑)昔、全日本チャンピオンだった、っていうイメージを勝手に広げているんですよ。もう、67歳になるのにね。私のオーラがあって打てないんじゃなくて、若い時に取った全日本チャンピオンっていう偶像を(相手が)頭の中に勝手に描いているだけ。それじゃだめですよ。でも…そういうものです、剣道は。構えれば、『強いな、この人』っていうのが分かるんです」カナダだけではなく、世界中の剣道クラブなどから講演を依頼され、忙しく飛び回る千葉先生。各国の外国人剣士について語る。「上手になるには、沢山練習を積まなければなりません。だから、週1回、2回の練習では、なかなか上手くはなりません。でも、上手いか、下手か、ということではなく、外国の方々が剣道を通して、日本の文化に興味を持ってくださっていることが嬉しいですね。剣道というものは日本の武士がやっていた武士道に繋がります。そこで、武士というものに興味を持ってくれています。その武士道精神と刀の文化、そして、現在の民主主義になるまでの文化に皆さん興味を持ってくれています。非常に嬉しいです。技術は練習すればうまくなります。何でもそうですね。だけど、その前に剣道をやりたいと思うこと。礼儀正しく、終わった後にみんな『ありがとう』と礼をして別れること、友達を大切にすること、約束を守ること、そういう昔の武士道のあり方を勉強したいと思って来てくださるんですね。

トロントの剣道クラブに関して言えば、木村先生が30年かけて、これだけのチームに育て上げました。17年前にパリで行なわれた第9回世界剣道大会のカナダのアドバイザーコーチを頼まれてね、それが僕とカナダとの付き合いの始まりだったんですよ。高校の後輩である木村先生が私を呼んでくれてね。その時、カナダチームは銅メダルを取りました。世界で3位。そこから今日まで、一番歴史の古いのがこのチームです。このトロント剣道クラブが盛んになることは、カナダ全体の剣道が盛んになっていくこと。ですから、このチームが30周年を迎えられた木村先生によれば、クラブのメンバーは既にひと回りし、始めた当時の生徒はいないという。「一番古くて、20年くらいやってる生徒です。
トロントの剣道クラブは、これから若い世代に移っていかなければいけない。その節目にあると思うんです。今回、千葉先生に来ていただいたのも、若い指導者を育てる機会を作ろう、ということで、世界中から若い先生方に集まってもらうセミナーする、というのが大きな趣旨なんです。剣道人口は現在カナダで2000名。これからまだまだ増えるでしょう。だけど、指導者がいないと正しい剣道が出来なくなる。だから、若い指導を育てるのが我々の大きな使命。そのためには、こういう催し物をして若い指導者を育てていくこと、そのためには千葉先生のような先生が日本から来てくださらないといけないんです。こういう交流をもっともっと頻繁にやっていくことが必要なんです。剣道には、自分に高めようとする気持ちがあるんです。打たれて、突かれて…そういう厳しい練習を経て自分を高めていこうとする。そういうものに非常に魅力を感じています。それって今の社会で大切なものじゃないかな、と思いますね」木村先生の言葉に頷きながら千葉先生はこう話してくれた。

「剣道はね、”打たれて感謝、打って反省“という修行道です。自分で練習しているだけでは分からないこと、人に打たれないと分からないことがあります。例えば、面を打ちに行って、小手! とやられる。そこで、『ああ、ここに欠点があったのか』って分かるんですよ。反対に、相手を打ったとしても慢心しちゃいけない。1回ぐらい面が当たったからって、次も打てるかは分からない。自惚れちゃいけない。『あなたのおかげで今日の力がある』という練習です。剣道をそういう修行道として捉えて、楽しんでくれれば、私は非常に嬉しく思います」

中学校から剣道を始めたという千葉先生。毎日練習していれば、小さい頃から始めなくても必ず上手くなるという。ただし、上手くなることだけが剣道の最終目標ではない。
「(能の)世阿弥は6歳6か月からはじめ、12歳までは遊ばせろ、12歳から15歳は教えろ、と説きましたが、習い事っていうのは興味を持たせる段階と鍛える段階は違います。でもスポーツは20歳前に、まだ間接が柔らかいうちに始めさせたほうがいいですね。まずは剣道を見せて、『あぁ格好いいな』『やりたいな』という気持ちを子どもに持たせて、真似させてみたらいいでしょう。その後、4年生くらいから初めさせても遅くない。初めは道場を走らせて、遊ばせておいたらいいんですよ。そのうち分かってきたら、道場では正座ですよ、って言うことを教えればいいんです。子どもを正座させて説教しても嫌になっちゃうだけですから。
剣道は道理の追及なんですよ。挨拶をすること、お礼を言うこと、友達を大切にすること、それが人間の基本ですね。『おはようございます』『よろしくお願いします』『ありがとうございます』『おかげさまで』『また明日会いましょうね』という言葉に表れる、人間の基本を無理なくおさらいしているんです。道場に出入りする時には感謝を込めて挨拶する、それが家庭ではお父さん・お母さんに感謝の心を持って挨拶することに繋がります。それでコミュニケーションを持つことができます。それを剣道では、『剣の理法の修練による人間形成の道』と位置づけています。人間の基本を形成し、心も身体も、健康になるために剣道を学んでいるんです。だから、決して無理をしても、させてもいけないんですよ」。

Biography

ちば まさし 1944 年生まれ、宮城県出身。元警視庁警察官、剣道範士八段。全日本剣道選手権大会に10 回出場。うち優勝3 回・準優勝2 回。同大会での初優勝は1966 年で、当時22 歳、全日本選手権史上最年少での日本一となった。 その他、世界剣道選手権大会団体優勝2 回、全国警察剣道大会団体優勝4 回、国民体育大会剣道競技団体優勝2 回、明治村剣道大会優勝1回・準優勝1回など、輝かしい戦績を誇る。現在は警視庁名誉師範、一橋大学剣道部師範を務める。