スタジオジブリが制作を熱望した「レッドタートル ある島の物語」
Michaël Dudok de Wit
映画監督 マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット(2016年11月4日記事)

子どもの頃に触れた心ふるわす大自然を描きたかった


第41回トロント国際映画祭(TIFF)の出品作品の中で異色のアニメ作品があった。あのスタジオジブリが初めて手掛けた海外作品「レッドタートル ある島の物語」だ。監督はオランダ生まれのマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット氏。2000年に公開した「岸辺のふたり(原題:Father and Daughter)」が米国アカデミー賞短編アニメーション映画賞受賞ほか数々の賞に輝き、それがきっかけとなって本作製作が実現することとなった。この作品はマイケル監督にとって初の長編アニメーション作品だが、80分間の本編で台詞がまったくないことでも話題になり、5月に開催されたカンヌ映画祭では圧倒的なアニメーションの表現力で「ある視点」部門の特別賞を受賞。その喜びがまだ冷めやらぬ中、穏やかで落ち着いた雰囲気のマイケル監督は丁寧に言葉を選びながら本作が誕生することになった経緯やエピソードを語ってくれた。

―第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞受賞、おめでとうございます。受賞した時の気持ちをお聞かせください

「カンヌ映画祭ではあらゆるジャンルの多くの映画が出品されます。そんな中、受賞したことで作品にスポットライトを当てていただきました。おかげでたくさんの方々に作品を見てもらえることができ、多くのポジティブなコメントをいただきました。受賞はもちろん嬉しかったですし、重要な賞をいただいたと思っています」

―この作品はスタジオジブリにとって初の海外作品、監督にとっては初の長編作品ですね

「実はこれはジブリのアイデアでした。高畑勲さんと鈴木敏夫さんが私の短編映画『岸辺のふたり』を見て、とても気に入ってくれたんですね。フランスの共同プロデューサーと連名で『もし長編作品を撮ることを考えているならばプロデュースしたい』という手紙をいただいたんです。その中で『日本のやり方でする必要はないし、日本映画を意識したものは作らなくていい』とありました。私にとってこの上ない申し出でした。ヨーロッパで製作することになりましたが、私自身がアニメの要素を入れたかったので、ジブリから何人かのスペシャリストをお借りしています」


―スタジオジブリとはどんなふうにやりとりを?

「ストーリーや構想に対する意見をもらいたくて、まず東京へ行きました。初めての長編フィルムだったので、たくさんのことを学ぶ必要もあったんです。高畑さんは常にこちらを尊重してくださって、『君の作品だから決定権は君にある』と。そして、いつも代表で他の方々の意見をまとめてくれ、意見が分かれている時はそのことも伝えてくれました。そういったことすべてが、私に正しい道を選ばせてくれました」

—本作はジブリの持つテイストとはかなり異なる作品ですね

「ジブリ作品は好きですし、たくさんの作品を観ましたが、やはり自分の作品であることを念頭に置いていましたね。特に自然を表現することはとても大切な部分でした。私は子どもの頃、毎日、遠くにある学校まで大自然の中を歩いて通っていたんです。野生の動物たちや虫たち、昼の表情、夜の表情など、そういったものをこの作品で描きたかった」

作品完成後にも訪日されていますね

「はい、8月の終わりに日本に行って、宮崎駿さんに会ってきました。『おめでとう! 素晴らしい作品が完成したね、しかも日本のアニメのコピーではなく、オリジナルのスタイルを持った作品だ』と言ってくれました。彼と直接会えてこのような話ができて本当に光栄でした」

—多くの賞に輝いた短編映画「岸辺のふたり」には台詞がありません。本作にも台詞がありませんが、長編作品で台詞がないことにリスクがあるとは考えませんでしたか?

「実は当初、共同脚本執筆者のパスカル・フェランが、もう少し強い印象を与えるために台詞を入れようと提案してきました。それで、脚本の段階で少しだけ台詞を入れたのですが、高畑さんと鈴木さん、特に鈴木さんが『台詞ははずした方がいい』と。『(台詞がなくても)観客は理解できるよ』という彼の言葉を聞いたとき、正直、安堵しました。私も台詞がない方がクリアでいいと思っていたからです。以降、作品作りが俄然楽しくなりました。シンプルでリスキーで難しいと感じる人もいたでしょうね(笑)。でも、これでうまくいけば強烈な個性を持った作品になるはずだと考えました。おもしろいことに、ある日、新しく製作チームに入ってきた人に台詞がないことについて意見を求めた時、彼はこう言ったんです。『あぁそうですね、確かに台詞がない。だけど、それに気づきませんでした』。『よし! これでいける、大丈夫だ』と確信しました。一方で、息遣いが聞こえるのは非常に重要だと考えました。笑い声、叫び声、咳をする、そして呼吸の音も。これらの音がないと音声を消している画像に見えてしまう。観客は自然に出てくるノイズを聞き、そこに生命があることを感じるのです」

—監督が一番好きなシーンを教えてください

「木のてっぺんで光が差し込んでいて、クモがいて、葉が雨に濡れて…、そういった自然の中のシーンが好きなのですが、一番好きなのはラストシーンですね。私は最後に起こったことに愛を感じています。ものすごく変わったことではないかもしれないが、心がふるえます」

—インターネットやスマホの普及で人々はすぐに答えを知りたいという傾向にあります。でも、この作品は最初から最後まで丁寧に見ていかなければ作品の核心に触れることができません。これも作り手にとっては大きな挑戦だったと思います

「それは確かにチャレンジでしたね。テレビコマーシャルを作るなら台詞を使った方がいい。でも、『レッドタートル ある島の物語』は、たった一人で無人島にたどり着いた男が、そこで一人の女性と出会い、そこから広がっていくとてもピュアな物語です。この作品は全てにおいてこれで良かったと思っています」。 


Biography

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
1953年、オランダ生まれ。スイスとイギリスの美術大学を卒業。スペインでアニメーターとして働いた後、1980年にイギリスへ移住。フリーランスとして複数のスタジオで働く。また、世界各国のCMを制作し、受賞多数。「お坊さんと魚」(94)が米アカデミー賞短編アニメーション映画賞にノミネート。「岸辺のふたり」(00)が米アカデミー賞短編アニメーション映画賞受賞、アヌシー国際アニメーション映画祭でグランプリと観客賞受賞。2016年に長編アニメーション初監督映画「レッドタートル ある島の物語」で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞受賞。

サイト:www.dudokdewit.co.uk red-turtle.jp