演奏会に社会貢献活動に 全力疾走するヴァイオリニスト
Midori
ヴァイオリニスト/国連ピース・メッセンジャー/大学教授 五嶋 みどり(2016年6月17日記事)

©T.Sanders

体の要求に逆らわず自然に行動する

世界トップクラスのヴァイオリニストとして活躍し続けるMidoriこと五嶋みどりさんが、去る4月20日にFlato Markham Theatreでリサイタルを開いた。当日はヴァイオリンとピアノのみというシンプルなスタイルのせいか、会場にはオーケストラの演奏会よりも、心なしかリラックスしたムードが漂う。週日の夜にクラシック音楽を楽しもうと訪れた普段着姿の家族連れや、ブレザーを着こなして杖をついたご老人とその孫と見られる大学生ぐらいの青年や、ふらりと一人でやってきた初老のご婦人などが客席を埋めている。こんな風にクラシック音楽が日常に溶け込んだカナダのライフスタイルにあらためて知的豊かさを感じた。主催者による開演挨拶の後、漆黒の髪をきりりと一つにまとめ、黒地にグリーンリーフ柄とゴールドのスリットが入った洗練されたデザインのドレス姿のみどりさんが、ピアニストのオズガー・アイディン氏とともにステージに登場。前半はバッハの「ヴァイオリン・ソナタ ホ長調BWV1016」とシューベルトの「ヴァイオリンとピアノのための幻想曲」を、後半はブラームスの「ヴァイオリンソナタ第1番」、チャイコフスキーの「6つの小品より感傷的なワルツ」と、「ワルツ スケルツォ」を情感豊かに演奏。ピッツィカートなどで元気いっぱいの音がヴァイオリンから踊り出したかと思うと、消え入りそうな高音のロングトーンが感性の奥底まで浸透し、心を震わせる。すっかり演奏に魅了された観客たちは、最後はスタンディングオベーションとなり、拍手喝采の中、リサイタルの幕がおりた。

演奏家として数々の賞を受賞してきたみどりさんは、2014年には世界でもっとも権威のある音楽賞の一つであるグラミー賞を受賞。現在は公演活動以外にもアメリカと日本の大学で教鞭をとったり、自身が設立したNPO法人団体で社会貢献活動をするなど多忙を極めている。そんな彼女にお話を伺った。

―CD「パウル・ヒンデミット作品集」が第56回グラミー賞で最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞して2年が過ぎました。受賞によってご自身になにか変化はありましたか?
「私個人の受賞ではなく、グラミー賞を受賞したCDにソリストとして参加していたという立場ですし、特に受賞後に変化はありませんでした。ですが、この受賞がきっかけでより多くの方々にこのCDを聴いていただくことができ、ヒンデミットの作品の素晴らしさや人間性の理解が深まったことは嬉しいことでした」

―先日のリサイタルはとても情感豊かな演目でした。選曲はご自身でされるのですか?

「リサイタルの選曲はピアニストと相談しながら決めています。作曲された時代、作曲家の出身地、曲の分数などは勿論ですし、リサイタルのオケージョン、目的、対象なども考慮に入れて、全体的なバランスを考えて選曲しています」

―常に精力的に欧米をまわり、毎週のように、時には連日に亘ってどこかで演奏していらっしゃいます。ベストなコンディションを保つために日ごろから気を付けていることはありますか?

「特別なことは何もしていません。ツアーのときは生水を飲まないようにしたり、現地時間とは関係なく、眠い時間に少しでも休んだり、お腹が空いたときに好きなものを食べたり、なるべく体からの要求に逆らわないように自然に行動するように心がけています」

—演奏活動以外に、大学で教鞭をとっておられますね

「はい、大学で教えるようになって20年以上経ちますが、教えるより教えられることの方が多いように感じます。私の生徒はバックグラウンド(出身国、母国語、育った文化・環境など)も様々ですし、技術的な問題も人それぞれです。自ずと教え方も生徒一人ひとりに合わせた工夫が必要になるので、同じ課題と向き合うにしても異なるアプローチをとることがあります。自然と多角的な洞察力が養われていると思いますし、その過程で新しい発見やアイディアが思い浮かぶことが多々あります。それが連鎖反応を起こし、自分では具体的にはわかりませんが、私自身の演奏に影響を与えていることは確かだと思います。教えるようになって忍耐力や柔軟性もずいぶん鍛えられたと思います(笑)」


©T.Sanders

—なるほど。さらにICEP(インターナショナル・コミュニティ・エンゲージメント・プログラム)といったプロジェクトや教育プログラム、NPO活動をされているほか、国連ピース・メッセンジャー(国連平和大使)でもあります。具体的にどんなことをされているのですか?

「日本のNPO法人『ミュージック・シェアリング』で行なっているプログラムの一つに『楽器指導支援プログラム』というのがあります。これは音大生や音大卒業生を特別支援学校に派遣して、障がいのある子どもたちに楽器演奏の指導をするというものです。参加している生徒たちは健常者と同じように、楽器を弾く喜びや練習の厳しさ、合奏する楽しさを経験してもらっています。将来的にはこのプログラムに参加した子どもたちでオーケストラを作りたいと、始めたときから考えていましたが、東京オリンピック・パラリンピックが2020年に開催されることになったので、その目標を2020年に定め、それまでにこのプログラムを全国に広げてオーケストラを作り、演奏会をしたいと考えています。そのために、このプログラムへの参加校や指導ボランティアを増やすなど、プログラムの拡充に力を入れています。また今年の12月にはICEPの活動で若手演奏家と一緒にネパールを訪問する計画を進めています。これらの活動は私にとっては楽しみでもあり、国連ピース・メッセンジャーとしての役割とも重なる部分があり、社会的な責任も伴う重要な活動となっております」

—2020年のオリンピックが楽しみです。ありがとうございました。






 
 


Biography
ごとう みどり

ヴァイオリニスト、国連ピース・メッセンジャー、南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校特別教授、相愛大学客員教授。11歳の時にニューヨーク・フィルとの共演でデビュー以来、世界の著名な音楽家と共演を重ねる。1992年に非営利団体「Midori & Friends」と「みどり教育財団東京オフィス」(現:認定NPO法人ミュージック・シェアリング)を設立。ジョン・F・ ケネディー・センター芸術金賞(2010年)ほか受賞多数。使用楽器は、グァルネリ・デル・ジェス「エクス・フーベルマン」(1734年作)。
サイト:www.gotomidori.com