自分は写真家と言うよりもイメージの詩人だと思っているんです
Miro Ito
写真家 伊藤みろ(2017年7月14日記事)

カナダの社会学者マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」という言葉に影響を受け、アートを媒介しメッセージとして放つことをテーマに活動をする写真家の伊藤みろさん。3月15日から6月28日にかけてジャパンファウンデーション・トロントにて行われた「光と希望のみち:東大寺国宝写真展」では、東西の交流とつながりの証となる東大寺の国宝を撮影し、「すべてが一つであり、一つでがすべてである」というメッセージを乗せて作品を展示。5月26日には講演会と短編映像の上映会を行い、レクチャーではギリシャ哲学がキリスト教やユダヤ教、イスラム教の基盤にあり、それが仏教とも混ざり合っていることを伝えた。海外を拠点に活動していた伊藤さんは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに奈良へと向かい聖徳太子の精神を学んだという。そんな伊藤さんが、写真を媒介して伝えたい思いについてを詳しくうかがった。


仏教、神道、キリスト教を越えて自由な価値観を持つ人間としてできること


―ドイツとアメリカを拠点に活動していた伊藤さんですが、海外に出たきっかけから教えてください。

子供の頃、最初に自分で欲しがったものが地球儀でした。宇宙の天体図も大好きで、毎日そればかり眺めていたんです。私は日本にいるべき人間ではないような気がして、ずっとどこに行こうか考えていたんですね。自分の居場所もやるべきことも、日本ではないどこかにあると感じる気持ちは、海外に住んでいる方なら分かると思います。



―写真をやるべきことに選んだ理由は何だったのでしょうか?

画家、小説家、探検家、考古学者。自分がなりたいと思っていたすべてを、日本ではない場所で実現できるのが写真だったんです。


―2001年の9.11をきっかけに奈良に向かい聖徳太子の精神を学ばれたとのことです。当時の心境を教えていただけますか?

西洋で暮らしていた自分の土台が、ガラガラと音を立てて崩れた感じです。そこで思い出したのが大学生の頃に美学の研修旅行で行った東大寺や春日大社でした。全財産をはたいてNYに行ったのに!と思いましたが、奈良に気持ちがぐいっと引っ張られてしまったんです。奈良では12年間かけて写真を撮り溜めました。今回トロントで上映した「盧舎那仏の光の道」はその一部を映像作品にしたもので、東大寺に寄贈し一般公開はしていないものです。春日大社の舞楽を撮った「仮面のいのち」も同様です。


―「すべてが一つにつながっている」など、心に刺さるメッセージが満載でした。

私はいち媒介者であり、伝え手に過ぎません。お寺や神社の先生方は特定の宗教の宗派の中にいらっしゃるので、その枠は越えられない。ですから、仏教、神道、キリスト教を越えて自由な価値観を持つ人間としてできることをやっています。私は、ドイツとアメリカに永住権を持ち、キリスト教徒になろうと思ってもなれなかった人間です。しかしながら、イエス様が好きなのでロザリオを付けていますし、仏教の僧侶ではないにもかかわらずお釈迦様の真理を伝えています。あくまでも、どの宗派にも属さないポリシーを持っていますし、それによってどの宗教にも良さを見出せます。仮に私に信仰があるとしたら、それは宇宙の真理だと言えます。それは「すべてが一つであり、一つでがすべてである」というメッセージであり、宗教を超えたものだと思うんです。


―ところで、過去には人物写真を撮られていましたが、どのようなコンセプトを持って取り組んでいたのでしょうか?

誰かにお会いしたら、常に相手のいい部分を見るようにしているんです。ドイツに住んでいた頃は、身体表現をテーマに大学の友人のヌードを撮っていたのですが、人物を撮る場合でも、相手をマリア様のような聖なるものとして捉えていました。つまりは、宗教画家のつもりで写真をやっていて、仏像を撮っているのと同じ気持ちなのです。さらに、写真を撮る場合は、自分なりのイメージを描くんです。例えば、その人の色は青、花を添えるならキキョウかな、と連想が浮かんできます。ましてやヌードの場合は衣装を使わないので、どうすれば一番美しく見せられるかイメージにフォーカスをします。それは一瞬のひらめきや長期間かかる場合もあります。そうやって、魂の深いレベルに降りて対話をすることは、若い頃からずっとやってきたんです。だから、自分は写真家と言うよりもイメージの詩人だと思っているんですよ。


平和へのメッセージを発信する「メディアアートリーグ」を立ち上げることになったきっかけをお聞かせください。

かつて、ベルリンの壁崩壊を東ベルリンで経験しました。歴史的な事件を目の当たりにしながら、その時は何もできなかったんです。まだ若くて限界があったのでしょう。何もできないことが本当に辛かったという思いがあったので、9.11のときはやるべきことをやろうと決め、ソーシャルメディアもブログも無かった当時にニュースレターを始めました。アーティストだろうが何だろうが関係なく、自分が伝えたいことは言うべきだという思いから、平和へのメッセージを発信する「メディアアートリーグ」を続けています。東日本大震災の後に始めたプロジェクトもありますし、トランプ大統領就任直後には、欧州評議会でスピーチをしました。この世の中がどうなっていくのか辛いのですが、その思いを行動にぶつけるのです。




―伊藤さんが媒介したメッセージを受け、一般の私たちにできることは何だと思いますか?

個人ができることとしては、人に尽くすことではないでしょうか。キリスト教においても、仏教においても、隣人愛や慈悲を説いています。それも、エゴの延長線上だったり、排他的な愛では意味がなく、見ず知らずの人にも対しても同じように接すること。それぞれの中にいる神さまや仏さまに向かって話しかければいいんです。



 

Biography

いとう みろ
写真家、著術家、文化芸術プロデューサー。ドイツとアメリカで永住権を取得し、世界の写真文化で功績を残す。2004年より日本を拠点に移し、古来の伝統文化を通して平和のメッセージを発信するメディアアートリーグを運営。

サイト:mediaartleague.org