リアルな心理描写に多くの女性が共感
Mitsuyo Kakuta
作家 角田 光代 (2016年1月8日記事)

©Hisaaki Mihara

現代社会に抑圧された女性を応援したい


毎年恒例のトロント国際作家祭(IFOA)。昨年10月末から11月初めに行なわれた同イベントに、日本から小説家の角田光代さんが参加した。ハーバーフロント・センターで行なわれた朗読イベントでは、角田さんは東日本大震災を文学で伝えるアンソロジー『それでも三月は、また』より自作「ピース」を朗読。また、トロント大学のロバーツライブラリーで行なわれたトロントの日系作家、梅沢ルイさんの進行によるトークイベントにも参加した。満席の会場では、不倫相手の子ども・恵理菜を誘拐した女・希和子の逃亡劇と、その後、成人した恵理菜の葛藤を描いた『八日目の蝉』を取り上げ、 作品のテーマである母性や日本の女性が直面している社会的なプレッシャーなどについて、興味深いディスカッションが繰り広げられた。 角田さんは、『対岸の彼女』で2005年に直木賞を受賞。前述の『八日目の蝉』のほか、『空中庭園』、『紙の月』が映画化されるなど、作品の映像化も数多い人気作家だ。

―角田さんの著作『対岸の彼女』、『八日目の蝉』は、英語にも翻訳されていますが、自著が翻訳されることに対して気になる点はありますか?
「翻訳されるのはすごくありがたいことだと思っています。『八日目の蝉』は、アジア以外では英語、スペイン語、フランス語、イタリア語に翻訳されたのですが、女性が不倫に耐えている関係が理解できない…と言われたり、作中に出てくる、宗教を元にした共同生活を実在するカルト宗教のように思われて、本来のテーマよりそちらに強い関心を寄せられたり、(翻訳されることにより)国や文化によって反応が違うことに気づかされました」


▲『八日目の蝉』/角田光代/中央公論新社


—ご自身は、絵本の翻訳をされていますが、英語から日本語に訳す際、どういう点に気を配っていらっしゃいますか?
「絵本の場合は、その絵本が持っている声みたいなもの、調子というのでしょうか、それを捉えることに気を配っています。絵本は簡単な言葉で書かれているので、言い回しなど、バリエーション豊かに訳せるんですよね。自分の小説を書く時とは作業が違います。他の著者の作品に触れる時には、耳を澄ませる、ということを意識しています。例えば英語では、1人称はすべて“I(アイ)”。それを日本語にする場合は、僕にするか、私にするか、オレにするか…。それも原作の声だったりするんですよね。男の子が主人公とかだったら分かりやすいのですが、『ぼくはこころ』という作品では、ハートが主人公だったんです。ハートの1人称である“I”を日本語にする時にどうするか、ストーリーが持っている声を一生懸命想像しました」

—テレビドラマ化、映画化される作品が多いですが、原作者として映像化にどれくらい介入されるのですか?
「全く関わらないですね。 細部が小説と違っていても、また、テーマが変わっていても、そういう解釈もあるんだな、と一視聴者として楽しんで鑑賞しています」

—女性特有の心理表現に多くの女性が共感されていますが、ストーリーのインスピレーションはどこから得ていますか?
「主観かもしれないですが、東京で暮らしていると、女性に対して抑圧的な空気を感じることがあるんです。例えば、女性にばかり母性的なことを押し付けているな、とか。そういうことを感じた時に、“え? それって違うんじゃないの?”という疑問からテーマが決まって、テーマに沿うストーリーを作っていって…というような流れで書いています。
現代の日本では、女性は年齢はもちろん、仕事をしている人、既婚、未婚…と社会的に細かいカテゴリーに分けられているような気がします。そしてさらにその中から、仕事でいうと、一生仕事をしたい派、そうではない派、未婚の場合は結婚したくない派、したい派だけどまだ…とさらにそれぞれ細かいグループがあり、属するグループごとに求められる言動、行動、ファッションがある。そしてそれにハマると非常に生きていきやすいのが日本の社会。一方、ハマらないとすごく生きづらくなるように感じます。ですので、そういう社会の中で、どこにも属せない女性を小説に登場させることが多いです」

—実際の事件などからヒントを得ることはありますか?
「ほぼないです。映画化された『紙の月』を書く時には、銀行の話を書きたいと思って資料を読みました。その時に40年ほど前に女性行員が起こした横領事件の資料を読んだのですが、それは、男性に貢ぐため、男性に命令されて、言われるがままに女性が横領をしたという事件でした。読んでいて逆に違うものを書きたい、と強く思ったんです。女性による銀行横領事件と聞くと、女性が男の人に無理矢理貢がされたような、なんとなく女性が被害者であるかのようなイメージを持つ傾向があると思うんです。でも、そうはしたくなくて、女性が主導権を握る恋愛を書きたい、と思って書いた小説です」


▲『八日目の蝉』/角田光代/中央公論新社


—マラソンに関する対談などでも角田さんの名前をお見かけしますが、走ることはいつ頃から始めたのですが? また、書くこととの共通点などは感じられますか?
「友達がランニングチームに属していて、走ったあとの飲み会に惹かれて始めたので、元々走ることが好きだったわけではなく、今でも走るのは嫌なんです…。スタートした途端、すごくつらいんですが、でも、走っていれば必ずゴールが来る。それは小説もそうですね。小説も、途中はつらくても書けば終わる、というところが似ているかな、と思いますね」

—最後に次回作について教えてください
「源氏物語の新訳を3年かけてすることが決まっています。 江國香織さんが更級日記、川上弘美さんが伊勢物語など、現代の作家による古典の現代語訳を出すシリーズ(河出書房新社の創業130周年企画)で、その1番最後の源氏物語を私がやることになっています。刊行は2018年ということが決まっていて、今始めたところです。いろんな方の優れた訳がすでにあるので、プレッシャーはないのですが、3年間それにかかりきりになって、自分の小説を書かないことになることが、大丈夫かな…と。今までそんなに長い間、自分の小説を書かない時間がなかったので、初めてのチャレンジであり、不安でもあります」。


 
 


Biography

かくた みつよ

1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、06年『ロック母』で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞など受賞作をはじめ、著書多数。

オフィシャルブログ:kakuta.kadokawa.co.jp