悲しめないがゆえに苦しい悔恨をじっくり描いてみたかった
Miwa Nishikawa
映画監督 西川 美和(2016年1月6日記事)

言葉に頼らないのが映画ならではの表現


©安西 護

第41回トロント国際映画祭(tiff)でワールドプレミアとなった映画『永い言い訳』の西川美和監督が現地入りしたのは、映画祭が終盤にさしかかった9月16日夕方遅くのこと。今回のワールドプレミアは広島出身の西川監督にとって、ちょうど広島カープの優勝とも重なり(優勝の胴上げの瞬間も見に行っていたというほど熱狂的ファンだそう)、感慨もひと際深いものだったようだ。「トロントの観客の方からもお祝いの言葉をかけられて驚きました!」とピュアな笑顔で語ってくれた監督。本作の原作は自身の同名小説で、直木賞候補にもなった作品だ。映画化にあたってはもちろん脚本も手掛けた。小柄でチャーミングな容姿からは、小説を書き、脚本・監督をこなす途轍もないエネルギーの持ち主とは想像し難い。しかし、映画の話になった途端にその瞳は鋭くなる。西川監督のいろいろな想いがこ込められた本作について、じっくりとお話を伺った。

―ずは、広島カープの優勝、おめでとうございます! 本作の主人公「衣笠幸夫」はやはり、国民栄誉賞を受賞した広島カープの名選手、衣笠祥雄氏へのオマージュと考えてよいのでしょうか?

「そうですね、こんな名前に生まれたら嫌だなという大きな名前を考えた時、長嶋茂雄さんが最初に思い浮かんだんですけど、主人公の年齢設定を考えると、すでに大スターになっていた彼の名前はさすがにつけないだろうなと思いました。そこで、広島出身の私にとって大きな名前の衣笠選手のお名前をお借りしました。2012年くらいから作品を書き始めたんですけど、まさか公開年に広島カープが四半世紀ぶりに優勝できるとは思ってなかったので、色々な巡りがあるんだなと思っています」

―今回、『夢売るふたり』に続く2度目の出品ですが、今年はどんな手応えを感じられましたか?

「tiffではBell Lightboxの500席以上ある劇場で、久しぶりに自分の映画を見ました。tiffがワールドプレミアだったので、日本人以外のお客様の反応を一度見てみておこうと思ったんです。物語の中盤からは本当に笑いが絶えなくなって、会場の一体感みたいなものも感じました。私自身、非常に励まされましたし、勇気づけられました」

―人の命という重いテーマでありながら、音楽の使い方などのバランス感覚がとてもいい作品だと思いました

「最初の30分は幸夫が妻を亡くして、一人で孤独に耐えるというシークエンスなので、これ以上ないくらい重たい曲を使っているんですけども、対する、大宮家と出会ってからは、撮影を始めた冬の終わりから季節も春になって、光線も明るくなり、音楽だけでなく、そういったものも助けてくれたと思います。でも、それよりも俳優達、子ども達の明るさが一番演出を助けてくれました」


Courtesy of TIFF

—小説執筆の段階から映画化の構想はあったのですか?

「はい、もともと映画にしようと思って小説を書き始めました。ストーリーラインは私の実体験でないんですけど、2011年の東日本大震災のあった年、日本中の人が、本当に一瞬で日常って壊れてしまうんだなっていう感覚を持ったと思うんですね。昨日まであったものが政治的な理由とかでなく一瞬でなくなる、そんなことが現実にあり得るんだという感覚を私も同じように持ちました。そして、その瞬間が来たときに、中にはケンカ別れになったままのカップルや親子、友人同士が絶対にいるはずで、そういう者達が抱えるストレートに悲しめないがゆえに苦しい悔恨のようなものをじっくり描いてみたいと思いました。ある意味、非常に典型的過ぎるほど典型的な一番最悪な別れのケースを思いつきまして、小説として書いていきました」


Courtesy of TIFF

―映画と小説では、設定や展開を変えた部分がありますよね

「小説の良いところは、お金がかからないこと、そして一人称でどういうふうにものを感じているかをどこまでも深く掘り下げて書くことができること。映画では、誰が何をどうアクションしてそういうふうに感じているのかを一つひとつ伝えるという置き換えが必要になります。細かいところで言うと本当にたくさんの部分で映画と小説は違います。言葉に頼らず、いかに見る人の解釈を広げていくかというのが映画ならではの表現なんです。具体的には、特に物語後半を時間的な関係もあって取捨選択していますね。あと逆に、夏の海のシーンは、映像で撮った方がよくなるだろうと思って、あえて小説には書かず映画のためにとっておきました」


Courtesy of TIFF

—衣笠幸夫と大宮陽一という対照的なキャラクターが味わい深く描かれていました。衣笠幸夫役に本木雅弘さんを起用した理由を教えてください

「本木さんは若い頃から俳優として面白いなと思っていて、いつかご一緒できればと思っていました。今回は非常にハンサムな小説家という設定だったので、年齢、知的な雰囲気も含めて外見的にはぴったりだと思っていたんですけど、実はシナリオを読んでくださった私の師匠の是枝裕和監督が、『幸夫の性格が本木さんにそっくりだ!』っておっしゃったんですね。良い意味か悪い意味かは、わからないんですけど(笑)。一度会ってみたらいいよ、とアドバイスをくださった。それが決め手となりました」

—本作の主人公は男性ですが、過去の作品『ゆれる』『ディアドクター』も男性が主人公でしたね。なぜ女性ではなく男性だったのでしょう?

「なんなんでしょうね(笑)。今回は、物語を作る仕事の人間という自分に近い設定ということもあって、そういう人間の独善性とか、自尊心が高いのに自信がないところとか、自分の城に閉じこもった人間の独特の弱さのようなものは私自身を投影した部分が非常に多いんですね。それを女性で書くとあまりにあからさまで、距離が近すぎて、どこかで照れも躊躇も出てしまう。自分をよく見せようという部分がこう見えてもあるので(笑)、そういうときに性別を仮面のように変えることで、より大胆に主人公に対して突っ込んでいくことができる。そういう意味で、男性の方が思い切って描けるんですね」

—次はどんな作品を撮ってみたいですか?

「今回は私小説的な側面が多い作品だったので、次は自分の知らない世界の人のことを取材しながら、まったく別のテイストのものを作っていけるといいなあと思っています」。


Courtesy of TIFF


Biography

にしかわ みわ
1974年生まれ、広島県出身。早稲田大学在学中より映画「ワンダフルライフ」にスタッフとして参加。以降、フリーランスの助監督を経て、2002年『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビューし、数々の国内映画賞新人賞を獲得。06年『ゆれる』がロングランヒットを記録、カンヌ国際映画祭に正式出品され、ブルーリボン賞はじめ数々の賞に輝く。09年『ディア・ドクター』がモントリオール映画祭に正式出品、日本アカデミー賞ほか多くの賞を受賞。12年『夢売るふたり』がトロント国際映画祭に正式出品され注目を浴びる。

「永い言い訳」公式サイト: :nagai-iiwake.com