レスリングは私のすべて
Miyuu Yamamoto
レスリング選手 山本美憂 (2012年7月6日記事)

3度目の復帰で実感した自分を100%表現できるもの

ミュンヘンオリンピックのレスリング代表選手だった父、山本郁榮さんの長女として生まれた彼女。美憂という名は、”ミュンへン“から取られたという。郁榮さんの指導の元に小学生からレスリングを始め、全日本選手権で4連覇を達成。世界選手権では3度世界の頂点に立つという輝かしい実績を持つ。美憂さんは強さと美しさを兼ね備えた選手として注目を集め、女子レスリングの発展に貢献した。結婚を期に、一時は選手生活から退いていたが、昨年6月に3度目の現役復帰。現在はカナダ・トロントに拠点を移して、2人の子どもを育てながら週6日、ヨーク大学、ゲルフ大学、そしてトロントのダウンタウンにあるTeam Impactの3か所のジムでトレーニングに励んでいる。今回は、朝と夜の厳しいトレーニングの合間を縫ってお話を伺った。

昨年6月からトロントでトレーニングを開始、こちらに来てちょうど1年が経つ。渡加した理由は、今回の現役復帰の理由と直接つながっていると話してくれた。

「ロンドン五輪を目指して3度目の復帰をしようとした時、7年間のブランクがあり、しかも36歳(当時)だったので復帰は難しいだろうと周囲から言われました。日本では30歳以上は社会的に高齢と言われるじゃないですか(笑)、レスリングの世界でも同じです。ところが、以前から知り合いだったトロントのレスリング関係者に相談すると、疲れをためないトレーニング、効果的な減量をすれば36歳での現役復帰も可能だ。まだまだできる。やってみようと言われたのがこちらに来たきっかけです。

カナダでトレーニングをしてて思うことは、減量の仕方の違いですね。日本は油抜き、水抜きを徹底して、体重を減らしていくんです。ところが北米の減量は、水を飲め、飲めと言われます。計量数日前からはさすがに控えるように言われますが、それまでは1日6〜8リットルの水を飲みます。昨年12月のロンドン五輪出場選手決定戦では、今まで試合中に必ず出ていた減量疲れが全くなかったんです。北米の方が、減量やトレーニング疲れの回復などに関して研究が進んでいるんだなと思いましたね」

美憂さんは95年に引退し、04年のアテネ五輪で女子レスリングが正式種目になったのを期に現役復帰をしたが、五輪出場は叶わず、再度の引退。今回の復帰に関しては、復帰の意思が芽生えてから実際に行動に移すまで、1年ほどかかったという。

「復帰をしたいと思った理由は、(現役レスリング選手の)妹・聖子の練習相手をしていた時に、マットの上でまだ体が動くこと、まだ戦いたい気持ちが残っていることに気づいたことですね。ただ当時の私は、全面的に彼女をサポートすることが生活の中心。練習相手としてはもちろん、選手生活に集中できるよう彼女の子どもの面倒も見ていました。自分が現役復帰をすることによって家族に迷惑がかかるのでは…と考えては自分の思いを言い出せず、気持ちを抑えたまま1年ほど過ごしていました」

自分自身より家族を思いやるという、アグレッシブさが求められるアスリートには意外とも思えるエピソートを話してくれた美憂さん。復帰後は、以前には感じたことのなかった”楽しい“という思いを練習中に感じられるようになったという。

昨年6月に念願の復帰を果たした後、10月16日に開催された復帰戦、全日本女子オープン選手権を見事に優勝で飾り、元女王の復活を見せた。しかし、ロンドン五輪の出場権が懸かった全日本選手権では2回戦で判定負けをしてしまう。五輪で金メダルを取ることもプランに入っていたという今回の復帰。「勝負の世界は厳しい。調整はちゃんとできていたが、普段通りの自分じゃなく、バカみたいに突っ込んでしまった」と、試合後の会見で、無数のフラッシュを浴びながら悔し涙を流した。

「2度目の引退は、アテネ五輪への切符を逃した時点で決めましたが、今回は全く考えなかったですね。昨年6月の復帰から半年しかない間にここまで戻って来れた。それなのに半年で辞めてしまうのはもったいない。一から練習し直して、また世界の頂点に立とうと決意を改めました。

また、前回引退をしていた7年の間の、燃え尽きていないものが心の中にある状態、レスリングができない不満、もう二度とあのもやもやした思いをしたくなかったということもあります」

選手生活を退いていた間は、スポーツキャスターなどの仕事で忙しくしていたが、常に違和感を感じていたのだそうだ。

「スポーツキャスターの仕事も楽しかったのですが、テレビの仕事は収録、または放映されてしまうと、そこで終わってしまう仕事のように私には思えたんです。それに引き換え、レスリングは自分の全てを賭けられるもの。引退後、いろんなことをしながらずっとレスリングに代わるものを探し続けていました。でも、見つからなかった。レスリングが私にとって自分を100%表現できるものだって気づいたんです」

16年にリオデジャネイロで開催される五輪を目指してハンガリーにレスリング留学中の長男を筆頭に、3人のお母さんでもある彼女。

「朝、(下の)子どもたちを幼稚園に送り届けてから、トレーニング先へ向かいます。午後に少し仮眠を取って、夜の練習には子どもたちと一緒に出掛けます。自分の時間は全くないけれど、自分が好きなことができるのは子どもたちが我慢をしてくれているおかげ、協力してくれる家族があってこその現在の状況だと感謝しています。9月に長男がトロントに遊びに来るんです。今から楽しみにしています」

子どもの話をすると表情がやわらかくなり、お母さんの顔になる美憂さん。現在彼女が抱えている問題は、現役生活を支えてくれるスポンサー探し。できれば後2年はこちらで選手生活をしたいと、協力してくれる企業があればと願う。

いつの大会という限定を設けずに、一戦一戦、負けない試合をしていきたい、自分が思い描くレスリングが試合で出来るようになることが目標だと語る。世界の頂点に返り咲くまで彼女の挑戦はまだまだ続く。 

Biography

やまもと みゆう

1974年、神奈川県出身。元オリンピックレスリング代表選手の山本郁榮氏の長女。弟は総合格闘家の山本“KID”徳郁さん、妹はレスリング選手の山本聖子さん。87年、13歳で全日本女子選手権で優勝。その後、全日本選手権で4連覇を達成。91年、17歳で初出場した世界選手権では史上最年少で優勝。3度世界の頂点に立つ。95年の結婚を期に引退と復帰を繰り返したが、昨年6月に三度目の現役復帰。現在トロントで子育をしながら再びチャンピオンの座を目指す。