人生の応援歌を作っていきたい
Naoto Nanbu
シンガー・ソングライター 南部なおと (2014年8月1日記事)


「夢はあきらめたらそこで終わりなんですよ。挫折といのは、そこで止めちゃった結果であるのでね。止まらなければ少しずつでも進むわけですから。壁にぶつかるというのは前進している証拠。そこで絶対にあきらめないことです」と自身の人生をふまえて語るのは、音楽活動を始めて30年を越える南部なおとさん。年間に100本以上のライブをこなすシンガー・ソングライターとしてのキャリアもさることながら、保険会社のトップセールスマンという顔も持つというから驚きだ。

南部さんは、1976年にムードコーラスグループ「南部直人とラブロマンス」としてメジャーデビュー。だが、2曲のシングルを出した後、バンドは解散。83年、今度はジャズコーラスグループ「トワイライトゾーン」を結成し、再デビューした。しかし、仕事は専属バンドとしてバーやキャバレーでの出演が多く、帰宅は深夜、そして昼間はプロモーション活動に費やす、という生活は、結婚し、家庭を支える立場にあった南部さんには厳しかった。そんな時、ファンの1人に誘われて飛び込んだのが生命保険会社の営業職。

34歳の時のことだ。
「今月は目標を達成できたと思っても、次の月は、またゼロからのスタート。毎月毎月が必死で、もうだめだ、もうだめだって思いながらやっていました。何とかやっていけるんじゃないかと自信を持ち始めたのは7、8年経った頃でしたね」とセールスマンを始めた当初を振り返るが、入社2年目にはすでにトップセールスマンの仲間入り。そして厳しいノルマの世界で頭角を表すことができたのは、音楽のおかげだったと続ける。 「個人のニーズに合わせた保険についてコンサルティングをするのが私の仕事。保険という商品は正直、どこの会 社が扱っている商品もそんなに変わらないんです。その中でなんでこの人から買うのかっていうと、それは営業能 力以前に、"この人の話を聞いてみよう"と思わせることが大事。私の場合は音楽がきっかけになったんです。 入社したばかりの時、配属されたのはある銀行の食堂でした。そこで、私がご飯や味噌汁を注いだりして、食堂 のスタッフを手伝っていたら、それが支店長の目にとまり、『君の前職はミュージシャンだよね。支店の納涼会で 歌ってくれないか?』と頼まれて演奏をしたんです。そしたらすごく喜ばれて。それで銀行の取引先を紹介してもらえるようになりました。その後、"ギターと歌がうまいセールスマンがいる"と評判になり、忘年会に呼ばれたり、次第に仲良くなっていく間に、人を紹介されるなどして仕事につながりました」 成績優秀者として社内で連続26年の表彰記録を持ち、また、世界79の国と地域、450社の生命保険と金融サービスを扱うトップ6%のセールスマン(約3万8000人)で構成される組織MDRT(世界百万ドル円卓会議)の終身会員でもある南部さん。"伝説のトップセールスマン"として活躍していた彼に再び転機が訪れたのは07年のこと。

取引先との縁から歌手デビューの話が舞い込み、3度目のデビューが実現した。そして、大手レコード会社からリリースしたのが団塊世代を応援する歌詞が印象的な「盛春歌」だ。
「若い頃の青い春だけが青春じゃないということを伝えたかったんです。リタイヤしても、これまでのキャリアを生かして、若い人に経験を伝えていくなど、団塊世代の人々にまだまだ元気に活躍してもらいたいという思いで作りました」

菅義偉官房長官(写真右)の講演会にて


07年はちょうど団塊世代が60歳を迎え、退職者が最も多く発生すると予想された年。その時代性と往年の映画俳優やスポーツ選手が出て来る歌詞が話題となり、NHKなどの音楽番組の出演を果たし、大きな話題を呼んだ。現在、「盛春歌」は第2弾のリリースが予定されている。また、最近では、菅義偉(すが・よしひで)官房長官の応援歌を制作し、講演会のオープニングで2800人の前で披露したという。どちらのキャリアも順風満帆な南部さんに今後の目標を問いかけた。

「今まで通り、保険の仕事も続けていくつもりです。保険の営業というのは結婚や出産、そして、その子どもが独 立していくという病気や怪我、そして大切な人の死亡などのリスクについて考える、人生設計に関わる仕事。そういう人の人生を歌で応援していこうという気持ちが強いので、これからも両立して人生の応援歌を作っていきたいです」


6月初旬に行なわれたMDRT国際会議への出席のためトロントを訪れた南部さんは、会議を終えた夜はギターを抱え、地元のレストランでエネルギッシュなパフォーマンス披露。二足のわらじを履きこなす達人は"盛春"真っ只中だ。



 
 


Biography

なんぶ なおと


本名、南部直登。1950年9月生まれ。福井県出身。76年、ムードコーラスグループ「南部直人とラブロマンス」でメジャーデビュー。「あなた横浜私は神戸」、「ガラスの人形」をリリース。83年、ジャズコーラスグループ「トワイライトゾーン」を結成し、「南へ」で再デビュー。07年、「盛春歌」でソロデビュー。その後、「九頭竜の流れ」などに続き「親父のグチ日記」を日本コロンビアよりリリース。日本国内でライブ活動を精力的に行なっている。
【サイト】nanbunaoto.com/priscilla-ahn