微笑む顔、照れた顔、そして満面の笑顔…
未来への希望を感じる肖像写真展
小林 伸幸
写真家(2012年2月3日記事)
ジャパンファウンデーション・トロントのギャラリーに飾られた肖像写真。東日本大震災で被害に遭った東北地方に住む人々が笑顔で写っている。「絶対数としては撮影は遠慮したい、と いう人が多いですし、もともと東北の人は気質的にシャイだったりします。でも、震災以降、我慢を強いられた生活を送ってきていらっしゃるので、僅かなガス抜きの穴を開けると様々なものが噴き出してきます。それは口から出る言葉であったり、感情だったりしますが、特に女性の方々は実際メイクを施して撮影すると、本当に嬉しそうにしてくださいますね」

こう話してくださったのは写真家の小林伸幸さん。「3・11肖像写真プロジェクト」としてこの肖像写真撮影を行なっている小林さんは、被災地に出向いて肖像写真を撮ることが、復興への足掛かりのひとつとなれば… と言う。写真撮影は、小林さんをはじめとする写真家、ヘア&メイクアップ・アーティストから有志を募って行なわれる。
「(有志を集めるために)活動の企画書を作って、熱い人を一人ひとり口説いていきました。各避難所に趣旨説明をして、ご理解頂き、受け入れてもらう、という形での活動なので、『お撮りしますよ』でも、『撮って差し上げますよ』でもありません。『撮らせて頂く』という気持ちがベースにあります。だから、ガッツリ四つに組んでもらえる人じゃないとスケジュールが組めないんですよ。
例えば、ボランティアだからご自分の仕事を優先させてくださいね、とは言いつつも、せっかく承諾してくださった避難所に向かう時に、『ごめん、仕事が入ったから』と言われると困る。参加した有志の方々には、これは”作品“ではない、という話をし、被災者の方に寄り添っていくんです、話を聞かせてもらうんです、メイクをさせて頂くんです、と言いました」
実際に被災地に出向いた小林さん。米国の9・11の際、現地にいたという彼をしても、避難所の状態は酷かったという。
「実際の避難所は報道で伝わってくるようなものではなかったです。初期の頃は体育館に3000以上の人がいたといいます。横にもなれず、いわゆる体育座りで寝ていたそうです。僕は震災から1か月経った4月から現地に入っていますが、その頃ですら、体育館には1000人以上というところが多かったし、ダンボールの垣根がちょっとあるぐらい。やっと”心のケア“ということで、仕切りを作るとなったところでした」

そんな暮らしの中で、肖像写真を撮る、という活動に反感を持つ方もいたという。「そういうのは絶対にあると思いました。実は僕、このプロジェクトのために沿岸部に行ってリサーチをしたんですよ。そこで猟師の方などとお話させてもらいました。『お写真を撮らせて頂くことに関してどうですか?』って。結果、答えは100%、NO なんですよ。『ふざけるんじゃない』と言って胸ぐらを掴まれることもありました。『妻も娘も亡くした、その俺に対して写真を撮るっていうのはどういうことだ』と。でも僕は、『写真を差し上げたいがために撮るんじゃない。家族を失なったから写真を撮らなくなるのはおかしくないですか? 酷な言い方ですが、亡くなった方の思い、というものを認めること、例えば空の椅子を置いて自分が真ん中に座って写真を撮るということが、その人達の存在を認めてリスタートするということになりませんか?』と言ったんです。それを聞くと『何を〜!』となるんですけど、『だったら今すぐ撮れ!』と言ってくれる人が多かった。でも、避難所に対しても個人に対しても決して無理強いはしません」
愛する人を亡くした悲しみ、避難所生活の苦痛、そして、どこへも持って行きようがない怒りなどを抱えた被災者。話を聞くことで気持ちが少しでも楽になれば、そして、写真を撮ることでそんな気持ちまでもを取り込んで、ひとつの区切りにしてもらえれば、と語る小林さん。
そんな思いで撮影された写真は、その場では渡さず、持ち帰って額装するという。「お渡しするだけだったらプリンターを持ち込んで出力すればいいのですが、この活動の目的のひとつに、個人と個人、被災地と非被災地を繋げるということがあります。本当の意味での復興を考えたら何十年と掛かる。当然、個人でいくら頑張ったところで出来るはずがない…。
だから一人の負担が少ない状態で、かつ、未来を担える世代を作っていきたい、と思ったのがプロジェクトの始まりでもあったんです。 お写真は一度持ち帰り、都内で出力して、なるべく遠いところの小・中・高等学校で額装作業をして頂きます。加えて、その写真に○○様、というお手紙を添えてもらいます。それから、撮影を担当したカメラマンさんが手紙と写真をお持ちします。『20〜30分後に着きます』と連絡を入れて持っていくと、ずっと外で到着を待っていてくださったりするんですよ。この寒い中なのに…。
それから手紙を見て、すごく喜んで『お返事が書きたい』と言ってもらえる。もし、返事を書いて頂ければそれを受け取った生徒さんは喜ぶ。そこで個人的な繋がりが生まれます。その生徒さんが仮にその後、そのやり取りを忘れてしまったとしても、『確か、昔そんなことしたぞ』と、何かのきっかけで思い出してくれたら、その地に何かしらの愛着を感じてくれると思うんです」
写真家として、小林さんが一番好きなのは人を撮ることだという。
「その人に受け入れてもらえない限り、人の写真なんて撮れないと思います。受け入れてもらいつつ、こちらも受け入れれば、受け入れあった同士でしか成立しない距離感が生まれます。その距離感の中でしか撮れないものがあるんです。おこがましいんですけど、写真家のひとつの使命は、本人でさえも気づいていない”新しい自分“を引き出してあげることだと思います。引き出した上で、その人が喜んでくださること、最終的な着地点はそうありたいな、と思って撮っています。
この展覧会の写真について言えば、これらは無理に笑わせて撮ったものではありません。この人たちの笑顔は、笑いたい、生きたいという思いそのものです。
それこそ、口紅1本持てずに逃げて来た人達です。着ている服も全部支援物資で、その服が着たくて着てるわけじゃない。そういう状態の中で、ここまでの雰囲気を醸し出せるのは、生きる力以外の何ものでもないと思うんですよね。そういう強さを感じていただければと思います」柔らかい口調の中に凛とした意志を感じる小林さんが届けてくれた写真展。一人ひとりの力強い笑顔に”ありがとう“という思いが自然に溢れだし、未来へと進むその強さに勇気付けられた。
Biography

こばやし のぶゆき
1970 年埼玉県生まれ。91 年に東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業後、雑誌カメラマンを経て93 年に独立。ポートレイトを主体とした広告写真撮影を中心として活動するほか、中央・東南アジアで積極的な作品制作を展開。01 年、NY にてオルタナティブ・プリント技法とファインアーツの基礎を学んだ後、帰国。04 年には撮影監督として映 画制作にも初参加し、ハリウッド・サンフェルナンド国際映画祭にて最優秀外国語映画賞を受賞。09 年、米サイト(www.hongkiat.com)にて、「知っておくべき偉大な写真家50 人」に選出される。
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