20年間の変わらぬ情熱
Osaka Monaurail
ファンクバンド オーサカ=モノレール(2012年8月17日記事)

パワフルなパフォーマンスの裏にあるのは音楽に対する真摯で一途な思い

ファンクというジャンルを知らなくても、ジェームス・ブラウンやレイ・チャールズのCDを聞いたことがなくても、身体が自然に揺れる音。歓声を上げて思わず見入ってしまうライブアクト。とにかく熱い、激しい、そして楽しい、そんなステージを届けてくれたオーサカ=モノレールは、今年で20周年を迎えた。日本のファンクシーンを引っ張るこのバンドのリーダー、中田亮さんがソウルミュージックに興味を持ち始めたのは、学生だった80年代の後半だという。 「僕はその頃から全然、何も変わってませんよ(笑)」 トロントでのライブ会場となったグレイト・ホールでのサウンドチェックを前にして、中田さんはファンクミュージックへの情熱を語ってくれた。

「トロントのジャズフェスティバルの参加は今年で5回目だったんですけど、何度か演奏経験のある都市でのライブは、帰ってきた! という懐かしい感じがありますね。お客さんがお帰り~と言ってくれてるような温かい気持ちもステージに伝わってきますね。エネルギッシュな舞台のパワーの源ですか? それは、(自分からだけの発信ではなく)会場のお客さんからパワーをもらっているんだと思っています。それをまた、私が舞台からお客さんに送り返しているっていう感じでしょうか。今回のライブはソロではなくトリオだったので、メンバーの彼らともエネルギーのキャッチボールが出来て、楽しいライブができましたね。

「CMでレイ・チャールズが流れてたんですよ。"What'd I Say"っていう昔の曲を新しく録音したバージョンなんですけど、それを中学校3年生の時に聞いて、『わぁ、これはなんや。このおじさんは誰や』と思った。そのあと、高校1年生の時に(ファンクの帝王と呼ばれる)ジェームス・ブラウンの曲を聴きました。 中学生くらいの時からジャズは聴いていたんですけど、その時はまだ、あんまり分かってなかった。洋楽だとざっくりと認識していただけで、アメリカのカルチャーだとかダンスミュージックだとか、そういうのは認識してなかったんですよね。ヒップホップとかリズム&ブルースとか、そういう音楽をかっこええな、と思いはじめたのは80年代の後半くらいですね」

9人編成のオーサカ=モノレール。トロンボーン、トランペット、サックス、ギター、ベース、ドラム、そしてボーカル&ピアノ、どのメンバーも華麗なステージングで目を惹きつけ、お互い勝るとも劣らないパーフォーマンスだ。集まった聴衆も負けず劣らず個性的で、シャウトする人、音楽に合わせてダンスする人、カメラを構えて一瞬たりとも動きを逃すまいとする人…。中田さんは、流暢な英語でそんな観客を煽る。そのMCでステージ上の9人との距離をより近くした聴衆は熱狂する。

「僕、高校の時に1年間、アルバータのジャスパーに居たんですよ。国立公園があるいいとこなんですけど小さい町で、そこに留学してました。留学とか語学とか、そういうことに興味があった訳ではないんですが、母に”私が若い頃、留学したいと思っていた時にはお金がなくて出来なかった。今でもお金はないけど、溜まった貯金があるから行って来るか?“みたいなことを言われて、悩んで、良く分からないまま(笑)カナダに来たんです。それが89年の話」

しかし、バンド結成の秘話はカナダには隠されてないというから少しがっかり。 「いやいや、バンドは結成したかったんですけど、一緒にやってくれる奴とか楽器を持ってる奴が居なかったんです。ギターを弾ける奴がおる、っていうからそいつの家に行ってみたら、”ギターの弾き方が分からんから教えてくれ“って…弾ける奴じゃなくて、持ってる奴だった(笑)。そいつが”楽譜の読み方を教えてくれ“って言って持ってきた楽譜を見てみたら、ポリスの『見つめていたい』という有名な曲で、イントロは全部、8分音符なんですよ。これが読まれへんかったらファンキーな音楽なんて絶対無理や。それでバンドは無理やろ…と」

オーサカ=モノレール

ライブハウス&イベントスペースのグレイト・ホールは、夏の暑さと人熱れが相まってサウナ状態。しかし、揃いの制服に身を包んだメンバーはパフォーマンスの勢いを緩めない。そして中田さんはジェームス・ブラウンを髣髴とさせるダンスを披露。あるファンは「彼らはブラックミュージックの真似をしてるんじゃなくてトリビュートなんだよ。そこがいいんだよ」と話してくれた。中田さんは自らの音楽についてこう語る。

「僕は、バンドやってる、とか”自分達の音楽“を世界に聴いて欲しいということは思ってなくて…あの、こういう言い方をして良いのか分かりませんが、アメリカのブルース・ヘリテージ、ジャズ・ヘリテージに対しての憧れがあって、それだけでやってるんです。憧れというかリスペクトということだけでやっているので、そこに日本人的な解釈を加えるとか、そういうことはあんまり考えてないんですよ。だから、あまり良くない言い方をすればコピー。でも、それでいいんやって思ってます。

良く言えばラーニング。学んでいるということですね。これを、尺八理論って勝手に言うてるんです。どういうことかっていうと、日本の尺八の師匠さんのところにアメリカ人とかカナダ人とかフランス人とか、どこの国の人でもいいんですけど、海外から訪ねてきたとしますよね。弟子になって熱心に習って、尺八が吹けるようになった。でも、本当にそれで吹けるようになったかって言ったら、多分、10年とかじゃあ吹けるようにならへんと思うんですよ。(文化背景の異なる人が)尺八を簡単にマスターできるとは思えないじゃないですか? だから、僕らのやってることも、マスターの領域に達することは出来ない。出来ひんのですけど、それを認識しつつ楽しむ。アメリカのミュージック・ヒストリーに敬意を表しつつ、学ぶってことをやってるつもりなんです。

そんなことをやってるうちに、ヨーロッパに来いと呼んでもらったり、アメリカのアーティストが一緒にやろうと言ってくれたり、なんか、そういうおかしな事になってきた。良いか悪いかっていう評価は僕にはできないけど、50年代とか60年代のミュージックを妙にくそ真面目になぞって学習するっていう行為が重宝がられてきた(笑)。それで、こうやってカナダでも演奏が出来る機会が出てきて…嬉しいことですね」

笑顔を見せる中田さん。海外でも高く評価されるオーサカ=モノレールだが、自らに対するハードルは高い。

「ゴールは、これはほんまに聞いて、うわぁと震えるような音楽やな、っていうのが自分で分かるような音楽をやっていくこと。これは大きい目標です。 近い目標は、昔のレコードを発掘してCDにしていくことですね。(当時を代表する)ソウル・レジェンドなのに、今は生きているかも死んでるかも分からず(話題に登らない)人が居るんですよ。彼らにもう一度スポットライトを当てるような…。たいしたことは出来ないですけど、そういうアメリカンミュージック・ヒストリーに僕なりに貢献できるようなことがしていきたいですね」。



Biography

オーサカ=モノレール

結成した1992年から日本ファンクシーンの第一線を走り続けるバンド。06年6月にマーヴァ・ホイットニーの初来日ツアーを企画・実現。札幌、沖縄を含む全国6か所を巡る。同年、バンド自身としても初のヨーロッパツアーを敢行。高く評価される。結成20周年を記念した今回のツアーでは、日本国内はもとより、ヨーロッパ、北米を廻る。カナダではトロントのほか、モントリオール、ケベックシティ、ハリファックスの各市を訪問し、それぞれ野外フェスなどに出演した。 www.osakamonaurail.com