常に変化する自然と時間その一瞬を切り取って作品に
Ryoji Ikeda
銅版画家 池田 良二 (2015年2月20日記事)

根底にある哲学は自然に対する畏敬

ジャパンファウンデーション・トロントで先月末まで行なわれていた池田良二さんとウォルター・ジュールさんとの銅版画の合同展「境界域(Threshold)」。約3か月に亘り公開されていたこの展覧会は、2013年に東京のカナダ大使館高円宮記念ギャラリーにて開催された展覧会を再現したもの。武蔵野美術大学教授の池田良二さんとアルバータ大学名誉教授のウォルター・ジュールさんは、ともに時間、光、生と死などを作品に投影する概念を共有。これまでお互いの指導する大学を訪れてレクチャーやワークショップを行なっているが、合同展を開くのは、東京での展示会が初めてとなり、今回はアルバータ大学の協力の元に2度目の合同展がトロントにて実現した。

―今回の展覧会「境界域(Threshold)」ではどのような作品が展示されていますか?

「主に1975年から94年までの作品を展示しています。陰影を用いた境界線により、日本の伝統に見られる人間の非存在と時間、無限の空間の中にあるその場の記憶を表現しています」


▲Light Crossing Border

―銅版画家になったきっかけを教えてください

「元々、油絵を描いていたんですが、自分の進む方向が決まらず、描いた絵にも満足できずにいて一時期は絵から離れていました。銅版画を始めたのは28歳の時のことです」

―インスパイアされたアーティストはいますか?

「版画をやり始めて1年ほどして、アントニ・タピエス氏の日本で初めて行なわれた回顧展を見に行ったんです。そこで、彼の作品に強い衝撃を受けました。タピエス氏は、スペインのカタロニアの出身で、絵の上にバッテンを描く作風で知られていますが、”絵画は人生を反省する1つの方法である“というタピエス氏の言葉に心打たれました。その影響で初期の作品は、彼の作品と同じくバッテンを入れています」


―アルバータ大学の准教授に2000年から5年間就任されていましたが、どういう経緯があったのですか?

「アルバータ大学との縁は、94年に客員教授になったのが始まりでした。90年代初めのアルバータ州は、石油景気に沸いていた時期。いろんなアートのコレクションが盛んに行なわれていたんです。アルバータ大学がロサンゼルスの画廊にあった僕の作品を購入したのがきっかけで、作品展をしたいという手紙をもらったんです。その当時のことは鮮明に覚えています。なぜなら、すごく忙しい時だったんですよ。94年10月20日にどうしても完成しなくてはならないモニュメントがあったので、それを終わらせてから11月初めにカナダに向かいました」

―そのモニュメントは何を記念にしたものですか?

「『歴史の然』という記念碑です。北海道の根室市役所の隣にあるときわ台公園に立っています。これは1792年10月20日に、ロシアからやって来た最初の遣日使節、アダム・ラクスマン一行が、 日本との通商を求めて根室港に入港した歴史的事実を後世に伝えるために建てたものです」


―油絵、彫刻、銅版画とさまざまな表現方法で作品を発表されていますが、共通のテーマを教えてください

「ほとんどのアーティストに通じるのではないかと思うんですが、子どもの時の記憶というか、子どもの時に見た光景というのが、非常に作品に影響するんじゃないかと思いますね。僕は北海道の根室の出身。日本の一番東端の場所に生まれたんです。家の近くの港では、冬になると樺太の方から氷が流れてきて、海が凍ってしまうんですよね。昔は滑って遊んでいたんですけど、その港に氷が入り込むという現象は昔と何も変わっていない。けれど、それを取り巻く状況は常に変化していて同じ状況は二度と訪れない。それは、人の人生と同じですよね。そういう一瞬を切り取って作品にしています。自然を題材にしていることが多いですが、ただ単に、見たものを上手に写して作品にするのではなく、自然に対する畏敬が哲学の根底にあります」


▲Untitled A

―現在進行しているプロジェクトを教えてください

「廃墟の中に銅を使ったお茶室を作っています。東京で行なった『境界域』では、茶器や水差し、お香の道具などを展示していました。今回は輸送の都合で持ってくることができなかったのですが、次回はぜひそれらも見てもらいたいと思っています」

国内外で数々の賞に輝くなど、その国際的な活躍が認められ、2009年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章している池田さん。華麗なる経歴に対しては、「なるようになるというか、運命に転がされているだけです」と話し、大勢の人に囲まれたレセプションでは、1人1人に丁寧に対応する気さくな人柄が印象的だった。

 
 


Biography

いけだ りょうじ


1947年北海道生まれ。武蔵野美術大学実技専修科研究過程修了。81〜82年、文化庁派遣芸術家在外研修員として欧州滞在。97〜98年、武蔵野美術大学在外研究員としてカナダ滞在。85年より南天子画廊をはじめイギリス、アメリカ、カナダで個展を開催。90年「ソウル国際版画ビエンナーレ展」グランプリ受賞。94年アルバータ大学客員教授、2000年から5年間、アルバータ大学准教授に就任。現在、武蔵野美術大学油絵学科版画教授。