トロント映画祭出品作品「怒り」信じることの難しさを問いかける衝撃作
Sang-il Lee、 Ken Watanabe、
Aoi Miyazaki
李相日監督、渡辺謙、宮崎あおい(2016年11月4日記事)

監督とメインキャストが語る「怒り」制作秘話


第41回トロント国際映画祭(TIFF)が9月8日から18日まで開催された。今年は約400本出品されたうち、日本映画8本が出品されたが、その中でもスペシャル・プレゼンテーション部門で大きな注目を浴びたのが、李相日監督の「怒り」。10日、TIFFのレッドカーペットには李監督のほか、父と娘を演じた俳優の渡辺謙さんと宮崎あおいさんも登場。多くのファンから熱い声援を受けた。同日夜に行なわれたElgin Theatreでのワールドプレミアでも3人は満席の会場から再び熱い拍手喝采を浴びていた。レッドカーペット後の記者会見では、原作者の吉田修一氏のこと、それぞれの役柄のこと、さらにはお互いのことにまで話が及び、李監督、渡辺さん、宮崎さん3人それぞれの本作への思いと知られざる秘話が語られた。


「3年前、渡辺謙さんと私は『許されざる者(unforgiven)』でこのトロント映画祭に招待されました。でも、その時はここに来ることができず残念でした。今回は渡辺謙さんと共にここに来れて、とてもうれしいです」と穏やかな笑顔で語った李監督。しかし、彼は時には出演俳優に罵声を浴びせることもあるほど厳しい演技指導をする監督として有名だ。そんな彼と本作で二度目のタッグを組んだ国際派俳優の渡辺謙さんは、「李監督は日本映画界の宝です。彼の映画に参加できて誇りに思っていますが、現場での彼は非常に厳しくて、正直楽しかったとは言えません。が、すべての出演俳優は彼を信頼していました。(李監督の)次回作にも是非出たいですね」と流暢な英語で話した。

そんな彼に李監督は、「たぶん謙さんは僕に対して愛憎が入り混じっているんじゃないでしょうか。『許されざる者』で初めてご一緒して、あの作品を通して僕が渡辺謙という人を深く知ることがなければ、今回この役をやっていただくことはなかったかもしれません。 というのも、あの撮影が終わったとき、彼を全部撮った気になれなかったんですよね、まだまだ深いところに謙さんが存在していると思った。今回は、そこに届くことを願い、意識して撮りました」と話した。

本作の撮影は渡辺さんがちょうどブロードウェイ・ミュージカル「王様と私」が終わってからわずか3か月後に始まっている。これまでストレートで正しく強い役柄を演じてきたが、今回はそれらとはかなり異なるキャラクターだったので、俳優スピリットを揺さぶられたと同時に、李監督に試されているような気がしたという。渡辺さんが本作で演じた千葉の漁協組合で働きながら娘と2人で暮らす男、槙洋平については、「彼はアグレッシブな人間ではなく、娘の愛子とは最初からボタンを掛け違えている、そんな関係です。そして、そういう長い歴史の中でずっと能動的に生きてこなかった」と分析する。

これに対して、宮崎あおいさんもまた、愛子は自分の中にはまったくないタイプの人間で、最初は台詞や行動が少しも理解できなかったという。 「リハーサルを重ねる中で、きっと愛子ちゃん自身も自分のことをあんまり理解できていなくて、頭で考えるより感情の思うままに動く人なのだと考えました」 「現場では心も体もすべて開いた」という言葉通り、本編では愛子が感情を爆発させるようなシーンもあり、これまで宮崎さんがどの作品でも見せたことのない生々しい演技を披露している。その一方で、「撮影に費やした2週間の間、父親役の渡辺さんが積極的に一緒にいる時間を作ってくれました。なんでもない時間を同じ空間で一緒に過ごしたことが役作りに大きな助けになりました」と語った。渡辺さんとの共演は初めてだったが、「こんな大人にいつか自分もなってみたい」と感じさせてくれたといい、その存在は大きいようだ。



また、まさか李監督から、しかもこのような役がくるとは想像もしていなかったといい、「無言の時間も含めて、いろいろな感情を監督と共有しながら、愛子ちゃんを一緒に作っていった気がします。今まで挑戦したことがなかった役という意味でも、李監督作品に参加できたという意味でも、この映画は私にとってスペシャルです。たくさんの人に愛してほしい」と語った。

余談だが、宮崎さんは学生時代にトロントにホームステイした経験があり、「カナダは私にとって特別な場所です」と英語で話し、会場を驚かせた。




さて、映画「怒り」は一年前の夫婦殺人事件の犯人を追うところから物語が始まる。現場に残された「怒」の血文字。逃亡を続ける犯人は今一体どこにいるのか。東京、千葉、沖縄に現れた3人の男。しかし、物語は殺人犯探しにとどまらない。

「原作は吉田修一さんが書かれた上下巻にわたる長編小説ですが、まずはその中から3つのエピソードを選びました。殺人事件が物語の出発点なので、前半は犯人を追っていく話として見せています。後半は自分の知っている人、自分の大切な人を疑ってしまう人の心のミステリーをどう広げ深く掘り下げていくかを特に意識しました」と李監督。

吉田修一氏とは2010年公開の「悪人(Villain)」でもタッグを組み、その時も吉田氏と脚本を共同執筆している。

「本編の中で『本気の怒りというのは目に見えない』という台詞がありますが、伝えることの難しさ、そういったことを今の時代の空気として吉田さんは的確にとらえており、共感します」と李監督。

さらに本編に込めたメッセージについてこんな風に語っていた。

「我々の知らない人たち、あらためて知り合う新しい人たちのことをどれだけ信頼できるか、信頼することがいかに難しいか。逆に、信頼することによって失うこと、同時に疑うことによって失うことがどれだけあるのか。これは日本のどちらかというと社会の隅にいる人たちの物語なんですけど、同じようなことが世界でも起きていると思いますね」。 


Biography

リ・サンイル
1974年新潟県生まれ。99年に日本映画学校の卒業制作として監督した「青 chong」がぴあフィルムフェスティバルでグランプリ他4部門受賞してデビュー。「フラガール」や「悪人」で数々の賞を受賞。日本の映画界を牽引する監督として活躍中。

わたなべ けん
1959年新潟県生まれ。1983年「未知なる叛乱」で映像デビュー。以降、テレビドラマや映画、舞台などで活躍。「ラスト サムライ」ではアカデミー賞ほか数々の著名な賞にノミネート。「インセプション」ほか海外作品にも多数出演し、内外で活躍する国際派俳優。

みやざき あおい
1985年東京都生まれ。4歳の時に子役デビュー。2002年カンヌ国際映画祭でW受賞した映画「EUREKA(ユリイカ)」で注目され、以降、テレビドラマや映画を中心に活躍。舞台やアニメ作品の声優もこなす若手実力派俳優のひとり。日本アカデミー賞など受賞多数。

映画「怒り」公式サイト:www.ikari-movie.com