落語とは人の心を表現するもの
Sankyo Yanagiya
落語家 柳家さん喬(2017年4月7日記事)

古典的な落語を通して日本の文化を知って欲しい


Photo By Dave Ohashi

人間国宝となった五代目柳家小さんの門下であり、日本全国で寄席や独演会に出演し続けている柳家さん喬さんが、弟子の柳家喬之助さんとともにトロントで落語公演を行なった。寒さが厳しい二月中旬の日曜日の午後、会場の日系文化会館には老若男女を交えた多くの観客が集まった。まずは柳家さん喬さんが落語の仕草について説明し、聴衆は早速その話術へと引き込まれる。その後、柳家喬之助さんが「初天神」と「つる」を、再び柳家さん喬さんが高座に登場して「死神」を披露し幕を閉じた。会場に集まった人々は古典落語にじっくりと耳を傾け、喜怒哀楽を豊かに表現する噺家の仕草や表情に見入っていた。

公演前に柳家さん喬さんにお会いする機会をいただき、海外で公演を続けている意味や、知られざる落語の世界についてお話をうかがった。


Photo By Dave Ohashi

―まずは、海外公演を続けられている理由についてお聞かせください

「私たちの公演は、日本語学習者を対象にやらせていただいています。ですから、日本語の比喩や表現の仕方を伝えるのが目的です。例えば、『馬鹿』という言葉は人を揶揄(やゆ)した言葉ですが、実は愛情を表す言葉にもなります。『お前は馬鹿だねぇ』と優しく言うのと、『馬鹿野郎!』と怒鳴るのとでは、心の伝わり方が違ってきますよね。言葉に感情を含めて会話をすれば、日本語がより楽しいものになる。そういったことを、落語を通して理解してもらえたらと思っています」

―日本で公演する場合とは心持ちも違ってくるのでしょうか?

「確かにそうですね。ただ、やり方は一切変えません。たとえば、百は正確には『ひゃく』と発音しますが、私たち噺家は『しゃく』と言うんです。江戸時代の江戸っ子は『ひ』を『し』と発音することを、日本語学習者の方たちが理解し文化が伝わっていく。そういうことを、繰り返しやっております」

―落語を通して、文化を伝えると

「古典的な落語に含まれている言語や状況、景色や生業までを伝えることが、大きな目的でもあります。さらに、落語とは人の心を表現するものだということも知ってもらえたらと思っています」


Photo By Dave Ohashi

―落語の世界では師弟関係がありますよね。人を育てることにおいて、どのような心構えを持っていますか?

「人を育てるのは、難しいですよね。しかし『親が無くとも子が育つ』と、昔の人はうまいことを言うもんだなと思いました。自分の思った通りに育って欲しいというのは、教える側の傲慢なんです。大事なのは基盤を作ってあげること。ある程度、花が咲くまでは育てることができますが、どんな花を付けるのかは当人次第。弟子が全員私と同じ花を付けていては、育てたことにはなりません。自分で花を咲かせる力が付いてきたら野に放ち、その後は当人の力と感性次第。ですから、きちんと育つだけの幹を作ってあげる。それが師匠としての責任のような気がしますね」

―ご自身が落語の世界に入ったとき、ショックを受けた出来事はありましたか?

「すべてがショックでしたね。私たちの世界では、当たり前のように精神的に打たれるんです。『お前の顔は、どうしてそんなに汚いの?』と言われて腹を立てれば、シャレが通じないと言われる。ですから『しょうがないですよ、これが看板ですから』と笑って答える。そうやって、人に馬鹿にされたり、侮辱を受けても平気でいられるということがショックでしたね。しかしながら、噺家なんてものは最下級の芸能者。いちいち腹を立てていればお客様に楽しいものを提供できない。精神的にどんどん打たれ、やがて自分がお客様を笑わせる力を付けることになったのです。そうやって育ててくれていたことに気付いたのは、ずっと後になってからですけどね」


Photo By Dave Ohashi

―では、噺家になって最も幸せを感じるのはどのような瞬間ですか?

「やはり、お客様が笑ってくださったときですね。一番嬉しかったのが、真打ちになる前の二ツ目という位の頃。新宿末廣亭での興行後にお客さんが『一番面白かったのは、さん喬という早い時間にやっていた若い人だね』と話しているのが聞こえてきて。スキップして帰りたくなりましたね(笑)。そういうことが、年に一度くらいはあります。それは、自分が素晴らしい内容を演じたという自惚れではなく、自分のしたことでお客さんが喜んでくれたことが何よりも良かったなと思えるんです。それから、精神的にどうにもならない人が、立ち直ってくれたときですね」

―最後に、トロントで暮らすみなさんに激励の言葉をいただけますか?

「トロントの寒さは北海道の比ではありませんね。外に出た瞬間に衝撃を受けるような寒さです。おそらく、外国に行くというのは、そういうことなのでは。夢や希望を持って出てきたところに、思いもよらない寒さと冷たさが自分の身を襲う。何のためにきたの? と思うことがある一方で、来て良かったと思うことも多々あると思うんです。通りすがりの人間には計り知れないことですが、挫折や希望、夢などいろんなものが絡んでいるでしょう。この地へ最初に住んだパイオニアの方たちがいらっしゃると思います。そんな方たちが後から来た同胞を『こっちにおいで』と温めてくださったからこそ、同胞たちが住み着くことができたのでは。ですから、暖炉に火をつけておいてくださった方に、敬意を表してください。そして、私たちがこうして日本の文化を伝える活動ができているのも、この地で活動をしている方たちのおかげですから」。



Biography

やなぎや さんきょう
古典落語を得意とする実力派。1967年に五代目柳家小さんに入門し、1981年に真打に。全国の高座に出演し弟子の育成に励みながら、落語協会の常任理事や文化庁の文化交流使なども務め、日本文化を世に伝えている。