スペシャルインタビュー
Shonen Knife
少年ナイフ (2011年12月13日記事)
今年で結成30周年を迎える“世界で一番有名な大阪のロックバンド”少年ナイフが 10月20日、トロントのHorseshoe Tavernより北米ツアーをキックオフ。伝説のパンクバンド「RAMONES(ラモーンズ)」 の曲をカヴァーしたアルバム『大阪ラモーンズ』をひっさげ、豪華な二部構成によるライブを繰り広げた。

写真左から Ritsuko / りつこ Bass, Vocal、
Naoko / なおこ Vocal, Guitar,
etc.Emi / えみ Drum, Vocal


唯一のオリジナルメンバーであり、リーダーの NAOKO(ボーカル/ギター)さんに、bitsでは3度目となるインタビューを敢行した。

-お久しぶりです。

NAOKO「いつもお世話になってます」

-久しぶり、という挨拶がもう物語ってるんですけれども、前回トロントにいらっしゃったのはいつでしたっけ?

NAOKO「トロントは、えーと…1年、いや13か月ぶりぐらいですかね(笑)。前回もライブをここ(Horseshoe Tavern)でやらせてもらいました」

-今回は結成30周年ということもありますけど、それを記念してリリースされたラモーンズのカヴァーアルバム『大阪ラモーンズ』も大きな話題ですね。そのアルバムをひっさげての今回のツアーはどうですか?

NAOKO「先にイギリスとヨーロッパのツアーをやったんですけど、その時はレギュラーのセットを15曲ぐらいやってアンコールでラモーンズを3曲だけ演ってました。ラモーンズはイギリスでもヨーロッパでも人気なので、演奏したらみな喜んでくれましたね。今回の北米ツアーは、ほぼ2二部制みたいな形で少年ナイフの曲もきっちり演って、それにプラス、ラモーンズを後半にやります」

-おお、それは楽しみです! 少年ナイフではだいぶ初期の頃からラモーンズのカバーをされてますけど、一番最初に衝撃を受けたラモーンズの曲は何でしたか?

NAOKO「高校生ぐらいの時にラジオで、ラモーンズのアルバムが出たということで流れてた曲で……何が流れてたかな(笑)。ファーストかセカンドの頃だったと思うんですけど、60年代の曲をカバーした『Let’s Dance』(注1)という曲があって、それが流れてたのをすごく憶えてますね」

-ラジオで?

NAOKO「ラジオで(笑)」

-僕もラジオの世代なんですけど、今の十代の子たちはどうやって新しい音楽に出逢うんでしょうね?

NAOKO「今の中高生の子達だったら、アニメの主題歌だったりとか、ドラマで使われた曲とかから入って…とか、クラスの友達から聞いたとか、そういう感じが多いのかなと思いますよ」

-なるほど。

NAOKO「大学生とか社会人ぐらいになると、ネットのニュースだとか音楽情報とかからすぐにサンプルの音とか試聴出来るので、それで好きになったらアマゾンとかで買うんじゃないですかね」

-便利な世の中ですよね、ネットひとつで全てが揃っちゃうんですから。

NAOKO「でも、今の日本ではアメリカとかイギリスの音楽とかじゃなくて、日本のJ-POPとか J-ROCKを聴く人がすごく多いですね」

-洋楽がなかなか日本に入りにくくなっているんですかね?

NAOKO「そうですね、(洋楽を)聴いてる人はマイナーというか、少数派な感じかもしれませんね。私がティーンエージャーだった頃は、高校の門の前に洋楽のロックコンサートの チラシとかを配りに来てたりしてましたね。クラスでも割と洋楽を聴いてる人が多かったですよ。
でも、今はほとんどJ-POPばかりなんじゃないですかね」

-当時は、ラジオやTVなど数少ない洋楽番組の中から音だけを頼りに情報を探すしかなかったですよね 。 まさに手探りというか。

NAOKO「そのぶん聴く人たちの感覚も鋭かったのかもしれないですね。例えばマズいものばかり食べてて突然おいしいものに出会ったら本当においしいって感じるけれど、いつも美味しいものばかり食べてたら 、おいしいっていう事すら感じなくなるのと一緒ですね」

-確かにそうですね。

NAOKO「今はケーブルテレビのチャンネルもいっぱいあるし、選ばなくても向こうから運ばれてくるような感じがありますね」

-ラモーンズの話に戻りますが、元々ファンとして憧れていたバンドの曲をカバーしてアルバムをリリース、しかもツアーまでするという状況は、ミュージシャンである前にファンとしてとても嬉しい事だと思うんですけど、いまの心境を教えてもらえますか?

NAOKO「自分たちの曲を演奏するのはもちろん楽しいですけど、ラモーンズや他人の曲をカバーするっていうのは、自分から(一方的に)出すだけじゃなくて、自分が外から聴いてイイなと思ったものを一回取り込んでから出すから、演奏してる側だけどもファンというか、自分が好きだと思ったものをみんなに聴いてもらえるから凄く面白いですよね」

-羨ましいです(笑)。誰もがその立場になれるわけじゃないですからね。

NAOKO「98年にラモーンズが大阪で初めてライブをやった時に少年ナイフがオープニングやらせてもらったんですよ」

-ああ!ありましたね!

NAOKO「その時に初めてラモーンズのメンバーに会って、そこからニューヨークでライブやったときにマーキー・ラモーンがドラムを2、3曲叩いてくれたりとか、ロス・アンジェルスの方で(故)ジョーイ・ラモーンがプロデュースしていた『Independents』というバンドのライブがあった時に、アンコールで私もステージに上がって、ジョーイとみんなでラモーンズの曲をやったりとかありましたね」

-わあ、凄いですねそれは。

NAOKO「とてもいい想い出です」

-今年でバンド結成30周年ということですが、元来パンクロックのカテゴリーはバンドの寿命がとても短いですよね。少年ナイフはその中でもスリーピース(三人組)で、しかもガールズバンドなわけで、これまで途切れることなく30年間もやってこられたのは奇跡みたいなものだと思います。

NAOKO「ん?、べつに普通にやってきただけという感じはしますけど(笑)。後ろを振り返らないというか、前しか向いてないというのはあるかもしれません。本当は振り返っていろいろ反省して、改善していかなきゃいけないんですけど、怠け者なので後ろを見ずにきてしまいました」

-振り返るにもこれだけキャリアが長いと大変ですよね。

NAOKO「もう何日か前のライブのこととか忘れてしまって、その次のことばかり考えてしまって(笑)。気付いたら時間が経っていたっていう感覚ですね」

-その辺に成功の秘訣があるのかもしれませんね。 特にNAOKOさんは唯一のオリジナルメンバーとしてバンドを引っ張らなきゃいけない立場ですから、プレッシャーも人一倍でしょう。なにか個人的に心がけていることや実践していることなどはありますか?

NAOKO「ちょっとだけ、昔より 真面目になったかな(笑)。新しいメンバー2人が頑張ってくれてるので、彼女らに触発されて『こっちも頑張らな』って思って(笑)」

-2人のメンバーは妹みたいな感覚ですか?

NAOKO「ファミリーみたいな感じに近いですかね」

-チームワーク良さそうですもんね、見ていると。

NAOKO「レコーディングの時とか、私が曲がなかなか出来ないと頭を抱えて、やっとレコーディングの日ギリギリになって持って行っても、彼女らは一生懸命にやってくれて、ほんとに『ありがとう』っていう感じで(笑)」

-前回お会いした時に、たしかテニスにハマってると聞いた覚えがあるんですけど

NAOKO「あ、それはもうずっとハマったままです。7月までは週に1・5回ぐらいやっていましたね。スクールが週に一回と、サークルが月に三回ぐらいかな」

-しっかり日常のルーティーンに入ってる感じですね(笑)。

NAOKO「それでイギリスとヨーロッパのツアーが始まって、その5週間とか6週間はさすがに出来ませんでした(笑)」

-スポーツがいい影響を与えてるみたいですね。

NAOKO「やっぱり運動はすごく良いですね。昔はライブ終わるとハァハァ息切れしてましたけど、それがテニスやってから全然なくなりましたね。あとは背中が痛いなと思っても、一回テニスすると治ったりとか。回転運動が入るといいんですかね(笑)」

-ライブやるにも体力が要りますし、ぜひテニスを続けて、ツアーも末永く続けて欲しいです。またトロントにいらっしゃる予定は?

NAOKO「ツアーが入ればまたトロントにも来ることが出来ると思います。トロントでは毎回色んなことをやらせて頂いて、楽しみですし(笑)」

-色々とやりましたね?

NAOKO「将棋だとか(注2)、長刀だとか(注3)やらせてもらったんですけど、そこで初めてちゃんとした刀の抜き方を教えてもらったんですよ」

-では、次に来たときはまた交流イベント考えましょうか?(笑)

NAOKO「テニス対決とか、ぜひ(笑)」



インタビュー収録 October 20th , 2011ライブ前の控え室にて(Horseshoe Tavern)







あとがき:
ひと昔前まで、日本のミュージシャンが海外進出することは『偉業』だった。今でこそヴィジュアル系をはじめ日本のロックバンドの海外進出も盛んになり、ここトロントでも頻繁にライブが観られるようになったけれど、もし80年代初頭に少年ナイフがその風穴を開けていなかったら、ボアダムスもピチカートもコーネリアスもバッファロー・ドーターも違った歴史を歩んでいたかもしれない。それくらい少年ナイフは、ファンだけじゃなくミュージシャンにとっても 大きな存在。「それくらい」がどれくらいの大きさかは、海外のミュージシャンによるトリビュートアルバム『Every Band Has a Shonen Knife Who Loves Them(’89))』がリリースされていることでも窺い知れる。そんな日本のバンドは、他にはいない。
そのように海外での知名度が 高いことで、しばしば「日本が世界に誇るワールドクラスのバンド」というキャッチフレーズを用いられることもある。しかしそんなラベルとは正反対にメンバーの素顔はいつも等身大で、少しも偉ぶったところがない。大阪出身らしい親しみやすいキャラクターのまま、シンプルなコード進行に乗せて大好きな歌を歌う。至極ストレートなロック・ミュージックである。流行り廃りの激しいミュージックシーンにおいて、今年で結成30周年を迎える少年ナイフ。愛情を込めて“世界で一番有名な大阪のロックバンド”と呼ばせてもらいたい。
(注1)クリス・モンテスのカバー。1960年発売の1stアルバム『RAMONES』に収録
(注2)2003年にGladstone Hotelで行われた少年ナイフとファンによる将棋大会
(注3)2005年にジャパンファウンデーション・トロントにて行われた居合道 のデモンストレーションに少年ナイフが参加

Biography

しょうねんないふ
少年ナイフは、Naokoを中心に大阪で結成される。ちなみにバンド名は、彼女が見つけたポケットナイフの銘柄。 1983年に1stアルバム「Burning Farm」をインディーズのZero Recordからリリース。同アルバムは1985年にアメリカのインディーズ・K Labelより発売される。そのオリジナルなサウンドはアメリカ・イギリス・ヨーロッパで人気を博し、1992年に日本・アメリカ・イギリスでメジャーデビュー。以後、アルバムリリースとワールドツアーをコンスタントに続ける。
公式ウェブサイトshonenknife.net