詩人/造本家として実験的に作品を発信
Takashi Hiraide
詩人/作家/造本家 平出 隆(2016年12月2日記事)

印刷物がもう一度重要な形で浮かび上がる時代


©Takewaki of rengoDMS

10月20日から30日にかけて、ハーバーフロント・センターにて開催された国際作家祭(IFOA)。第37回目となる今年は、カナダ国内外より200以上もの参加者が集まり、朗読会やトークショー、討論会やサイン会などのイベントが連日行なわれた。ジャパンファウンデーション・トロントによる支援で、同イベントに招待作家として出演したのが、詩人で作家、造本家の平出隆さん。10月23日に行なわれた朗読会で平出さんは、カナダの作家シルビア・レグリスさんや、サラ・ピンダーさんとともに壇上に立ち、午後の西日が差し込む穏やかな雰囲気のなかで、自身の著書である国際的ベストセラー小説『猫の客』の一章を朗読。会場に集まった観客は日本語の美しい響きに聞き入っていた。

―トロントにはこれまでに何度か来られておりますか? また、どんな印象をお持ちですか?

「2回目になります。以前に来たときは一泊だけで、スタジアムに野球の試合を見に来たんです。今回は27年ぶりの訪問になりますが、水辺の空気や光などが美しい印象ですね」

―IFOAで朗読した『猫の客』は、主語をあえて抜いた文章で書いていると説明されていました。その理由についてをお聞かせください

「2つの理由があります。まずは、主語を省くことで文章に格調や美しさ、リズムを与える効果があります。一般的に、“私は”という主語が入ると、少し自分を押し付け過ぎな印象になるのですが、それを省くと文章の品が良くなるんです。もちろん、単に省けばいいというわけではありませんが、極端に全部外したのはもう1つの理由があるからです。それは、登場人物と語り手がどういう関係なのかを、分からなくなるようにするということ。語り手は物語の登場人物でもあるのですが、読み手は語り手の“私”に重なっていく。読んでいる私、書いている私、語っている私、物語の中で行動している私、すべてがつながって流動化する。それが可能になるのではと考えました」


▲『猫の客』河出文庫

©Emily Jung(IFOA)


―ジャパンファウンデーション・トロントで先月まで行なわれていた「AIRPOST POETRY/Book Design For One From One」でも展示されていた、手紙の形で書物が届く「via wwalnuts」を開始したきっかけを教えていただけますか?

「高校や大学時代に、自分たちで自分たちのために活字化する媒体を、何度か作っていました。1994年までに作っていた『stylus』は、複数人で作る同人誌のような形態でしたが、だんだん1人でやらなければと思うようになって。小さなトラブルや障害を避ける意味もありますが、それ以上に1人で考えないと純粋な作品はできないと思いました。それで、自分のためだけの一生使える器として『via wwalnuts』を設計したのです。その際に、流通は郵便で直接届けるというアイデアが出てきて、このような形になりました」

—郵便のアイデアはどのように思い付いたのですか?

「過去に書いた『葉書でドナルド・エヴァンズに』という本があります。4,000枚以上もの架空の切手を水彩画で作った、ドナルド・エヴァンズという若くして亡くなってしまった画家が、切手によって別の世界を作っていくのですが、彼の軌跡を旅していると、だんだんと自分も架空の世界に半分入っていく感覚になりましたね。それから、コンセプチュアル・アートで世界的に有名な日本の画家、河原温さんも2014年に亡くなってしまったのですが、彼の作品にもハガキや電報のシリーズがありました。郵便に関わった2人のアーティストの作品を研究し、多くのことを学んだ結果ですね」


―また、インターネットで注文をして郵便というアナログな形で届くというのも面白いですね。造本家として、デジタルとアナログの共存というものは意識されていますか?

「アナログとデジタルで言うと、美術は絶対的にアナログなんですね。しかし、両方が混ざっている環境に私たちは生きている。そのことに関して私は、もう元に戻ることはできないという認識を持っています。むしろ、デジタルを積極的に使うことで、アナログの良さをもう一度提示できると思います。本を作る場合も、編集ソフトのInDesignが、大変な能力を発揮してくれる。かつて、活版印刷で行なっていたころの本のあるべき姿を、InDesignを使うことでむしろ実現できるんです。家庭用印刷機も性能が上がっているのでプリントも自分で行なえます。それによって印刷物がもう一度、重要な形で浮かび上がってくる時代だと思っていますね。『via wwalnuts』も便利なデジタルツールは利用しているけど、出来上がるものは郵便物というアナログなもの。切手や消印が押され、郵送中に擦れてしまったりするのですが、それも最終的な作品の形なんです」


▲『左岸へ』 via wwalnuts


—では、現在行なっている新しいプロジェクトについてをお聞かせいただけますか?

「ハガキの形で作品が届く『private print postcard』は今年から始めて、今回のトロントでの展示で本格的なスタートとなりました。作品をポストに投函するところと、トロントに届いたものを写真に残しているので、それをウェブサイトで見られるようにしたいと思っています。最終的には999種類のハガキを各7部刷り、およそ7,000枚を印刷する計画です。7,000枚分の同じ紙を確保するのが難しいのですが、現在ドイツの会社と交渉しているところです」

—平出さんは日本の多摩美術大学でも教えられていますが、物事を学ぶ上で大事なことはなんでしょうか?

「教えるということは、盗ませるということかな、と思います。わかりやすく言うと、こちらは背中を見せるだけ。それから、高校から大学に入った時点で、多くの人はすでに学びのイメージを持っていますが、私はそれを壊すということをします。ですから、アドバイスとして私から言えるのは、すでに持っている学びのイメージを壊してくださいということですね」。 

©Emily Jung(IFOA)


Biography

ひらいで たかし
詩人、散文家、造本家、多摩美術大学教授。小説『猫の客』は13か国語に翻訳され国際的ベストセラーに。2010年から開始した『via wwalnuts』では、メールアートという新たな手法で造本を手がけている。

サイト:takashihiraide.com