恐怖はマシンを仕上げることで楽しみへと変わる
Takuma Sato
レーシングドライバー 佐藤 琢磨(2016年8月5日記事)

©Chris Jones

スランプ脱却の鍵は、自分を信じることと原因の追究

トロントの夏をひと際熱くする、今年30周年を迎えた「ホンダ・インディ・トロント」が7月15日から17日までの3日間、エキシビション・プレイスで開催された。最終日の17日、最後のレースはアメリカ国歌とカナダ国歌で厳かに始まった。その直後、カナダ空軍機が轟音をとどろかせて空に孤を描くと、観客席ほか広大な会場のいたるところから歓声が上がり、オーディエンスのボルテージは一気に最高潮に達した。唯一の日本人ドライバーとして参戦した佐藤琢磨さんは、インディ開催前に本誌に「多くの日本人の方々も応援に訪れてくれるトロントでトップチェッカーを受けられれば最高ですね!」と意気込みを熱く語ってくれた。当日、オンタリオ湖からドライな風が吹き込む快晴の空の下、全身全霊をかけて疾走する22台のマシンたち。このシリーズ第12戦で5位まで食い込んだ佐藤琢磨さんに、ホンダ・インディ・トロントの開催前にお話をうかがった。

―ホンダ・インディ・トロントへの参戦は今回で7度目になりますね。トロントのコースは公道を使っているため、サーキットとは走りの感触がかなり異なると思います
「トロントはストリートコースの中でも、かなりユニークです。路面がバンピーなだけでなく、ほぼすべてのコーナーにコンクリートの補修パッチが複数当てられています。つまり、コーナーの入り口、中、出口と、アスファルトからコンクリート、またその逆へと路面が変わるので、タイヤのグリップ感が大きく異なり、マシンはとてもトリッキーな挙動を見ます。暴れるマシンをねじ伏せて走る感じですね。ドライバーにとってチャレンジングなコースですし、見応えもあると思います」

―5月の100回記念となったインディ500決勝レースでは無念のリタイアとなりました。その後、休む間もなくレースが続いています。どのようにして気持ちを切り替えていますか?

「リタイアの原因を究明することで、次に繋げることができます。うまく行かなかったときは悔しいですが、良い結果を残せるチャンスが、次のレースでまた訪れます。目標を次に向けることでモチベーションは再び上がりますし、良いマシンに仕上げるために、チームクルーも一生懸命に働いてくれます。落ち込んでいる暇はあまりありませんね(笑)。すぐ次の目標に移すことで気持ちを切り替えています」

―最高速度380キロの世界は、どんな感覚なのでしょうか?
「速度が上がれば上がるほど視野は狭くなるし、焦点以外の景色は凄まじい勢いで後ろに飛んでいきます。ただ、慣れてしまえばストレートでのスピードはそれほど大きな驚きにはなりません。むしろ、そのハイスピードを維持してコーナーに飛び込んで行くオーバルコースでは、巨大なGフォースと相まって、物凄いスピード感に繋がります。対象物が違いストリートコースも絶対的な速度以上に速さを感じますね。全開で走るのはエキサイティングな瞬間です」

—スランプやプレッシャー、スピードへの恐怖をどうやって克服していますか?
「自分を信じること。スランプを抜け出すのは大変なことですが、その原因を徹底的に追究することです。そこからひとつひとつ前進して行くことが大切だと思います。プレッシャーは、その種類にもよりますが、自分を奮い立たせるひとつの材料でもあるので、うまく付き合いたいです。これまでの経験や、積み重ねてやってきたことは自信に繋がるし、その自信が持てればプレッシャーは跳ね除けることができると思います。成功するイメージや、セルフコンフィデェンスはとても大切だと思います。スピードへの恐怖はマシンを仕上げることで、楽しみへと変わります。人間は一寸先のことでも未来がどうなるか分からないから、恐怖を感じるのだと思います。でもマシンを完全にコントロール化においている状態では、時速300kmを超す速度でマシンのリアが流れたりしたとしても、そのチャレンジへのワクワク感であったり、達成感へと変わります。しかし、コントロールできていない状態では恐怖以外の何ものでもありません。ですから、エンジニアと共に、自分のスタイルに合わせた最高のマシンにセッティングすることはとても大切です」

なるほど。チームワーク強化のために心がけていらっしゃることは何ですか?
「チームクルーへの感謝とリスペクト、それを伝える走りやコミュニケーションは大切にするように心がけています。ドライバーを勝たせようと、全員の気持ちと頑張りがあって、はじめてパフォーマンスに繋がりますからね。ドライバーが求心力となって、チーム全体がまとまることはとても重要です」


©Joe Skibinski

©Chris Jones

—憧れのレーサーまたは目標としているレーサーはいますか?
「故アイルトン・セナ選手です。圧倒的な速さと芸術的なドライビングで多くのファンや関係者を魅了しました。一切の妥協も許さず、レースの為に全てを捧げる姿勢や、真の紳士としての彼の行動力をとても尊敬しています」

—10歳の時に初めてF1観戦をした時にモーターカースポーツに魅せられたとのことですが、2013年には、A.J.フォイト・エンタープライズ移籍第3戦ロングビーチで日本人として初優勝を飾るなど多くの快挙を成し遂げていらっしゃいます。ご自身が「夢を実現させた!」と実感されたのはいつですか?
「これまでのキャリアのなかでいくつもありましたね。ジュニア・フォーミュラ時代はイギリスF3のタイトル及び、各世界戦を制したとき。そしてF1に上がったときは、やはり10歳から見続けてきた夢を実現したと感じた瞬間でしたね。それでもレースを続けると次なる高みがどんどん出てくる。優勝の夢こそ叶いませんでしたが、予選最前列や表彰台に上がったことも同じような思いでした。今の目標であり夢はインディ500での優勝です!」

©Shawn Gritzmacher

—ベストコンディションをキープするため常にしていることは何ですか?
「トレーニングとリカバリーのバランスを自分のコンディションに合わせて注意深く進めています。無理せずに行なうことが大切ですね。そしてよく食べることです(笑)」

—オフのときはどういうふうに過ごされているのですか?
「サイクリングはトレーニングだけでなく、オフの気分転換のひとつにもなっていますが、映画を観たり、ネットサーフィンを楽しんだり、日曜大工をしたりとマチマチですかね。でも基本的には子どもと過ごす時間を大切にしています」

—次の目標を教えてください
「(2013年のロングビーチでの優勝以来の)2勝目を早く飾りたいです。頑張ります」。



 
 
Biography

さとう たくま
1977年、東京都出身。早稲田大学人間科学部スポーツ学科に入学するが、96年、大学を休学して鈴鹿サーキット・レーシングスクール・フォーミュラへ入学、翌年、首席で卒業。2002年~08年まで史上7人目の日本人F1ドライバーとして活躍。2013年、ロングビーチで日本人初の優勝をするなど快進撃を続けている。