音楽とアートの関係は飛行機の羽のようなもの
Tatuya Ishii
アーティスト 石井 竜也 (2015年6月19日記事)
ⒸWELL STONE VOICE

自分のすべてを出して情熱を注ぐことが大事

5月30日に日系文化会館にて行なわれた桜ガラの特別ゲストとして日本から招かれた石井竜也さん。パーティの締めくくりにステージに登場した石井さんは、自身の4曲「古都」「哀愁」「手紙」「はなひとひら」を披露した。カナダと日本、それぞれの国で第一線で活躍しているピアノ、バイオリン、尺八、琴の演奏者を従えて披露されたこの4曲は、この日のために特別にアレンジされたもの。石井さんのデザインによる和装を全員が身にまとい、日本から持ってきた石井さんのライフワークであるダルマを元にしたスピリチュアルなオブジェ顔魂(KAODAMA)をステージ下中央に設置。和テイストのステージングで、会場は一気に独特の空気に包まれた。



1985年にロックバンド米米CLUBのボーカリストとしてデビューした石井竜也さん。バンドでは、90年にJALのCMに起用された「浪漫飛行」や92年にドラマの主題歌に使用された「君がいるだけで」が爆発的ヒットを記録。97年にバンドは解散(06年に再始動)し、同年、「WHITE MOON IN THE BLUE SKY」でソロの音楽活動を開始した。そして今年は、石井さんにとってデビュー30周年という記念すべき年。ファンの投票によって選曲された、自身2枚目となるベストアルバム「石弐〜Best of Best〜」が3月に発売されたのをはじめTV出演なども多く、多忙を極めている。今回の公演のためのカナダ滞在は、なんと3泊5日という強行軍。タイトなスケジュールを押してでもトロント公演を実現した、その強い思いの源は人とのつながり。今回の公演は、アジア太平洋財団広報/マーケティング・政策協調ディレクターである、クリスティン中村さんとの交友関係によるところが大きい。

「日本のカナダ大使館でチャリティコンサートをやらせていただいて以来、親交のあるクリスティン中村さん(当時は在日カナダ大使館の広報部長/参事官)により、今回の公演が実現しました。日本のアーティストがカナダでコンサートをするというのはなかなか難しいことですので、今回このような機会をいただけて大変光栄に思っています。優れたテクノロジーなど、経済的なことが注目されがちな日本ですが、日本には多くの文化があり、それゆえに面白いアーティストがたくさんいるということを、今回のステージで伝えられればと思っています」



米米CLUBで活躍していた当時から楽曲の作詞・作曲はもとより、ステージセット、コスチュームなどバンドの総合プロデュースを務め、その芸術的なライブで稀代のエンターテインメントバンドとして名を馳せる傍ら、映画やアートの分野にも活動を広げた。バンド解散以降はアートの分野での活躍は飛躍的に幅を広げ、インダストリアルデザイナーとしては富士通のノートパソコン「T-NOTE」のデザインで01年のグッドデザイン賞を受賞。また、05年に行なわれた愛知万博「愛・地球博」では、レギュラープログラムの総合プロデューサーを務めるほか、アーティストとして常に新たな世界観を世に送り続けている。音楽活動とアート制作、石井さんにとっての双方の関係を問う。

「飛行機の羽のようなものかもしれません。右の羽は左にならないし、左の羽は右にはなれない。でも、必死にバランスを取っていますよね? 僕も同じです。歌は絵を考えさせてくれ、絵は歌を生み出してくれます。どちらも自分にとってスパーク(きらめき)で、あらゆる可能性を感じます」

ステージセットとして使用された顔魂は、色付け前のダルマに粘土で彫刻を施し、さまざまな表情を生み出すオブジェのプロジェクト。08年には東京の森アーツセンターギャラリー、奈良の薬師寺聚賓館(じゅほうかん)、また11年にはニューヨークでも展示会が行なわれ、作品数200以上を超えるプロジェクトは現在も進行中だ。また、顔魂と同じく長期にわたり続けられているプロジェクトには「GROUND ANGEL」がある。これは、01年に起こったアメリカ同時多発テロをきっかけに”考えることから始めよう“をテーマに02年より毎年年末に行なわれているドネーションを目的とした平和祈念のためのイベント。悲劇の起こった「ワールド・トレード・センター跡地(Ground Zero)」に対し、平和の天使が舞い降りる場所を「GROUND ANGEL」と名付け、アート・インスタレーション、コンサートなどを通じて、平和への願いを訴える。



「同時多発テロの映像を見た時に、自分に何かできることはないだろうか、と考えたんです。みなさんに有名にしていただいて、これまで何も恩返しができていないな…と。こういう世界ですので自分がいつまで舞台に立っていられるかわからない。世間に認められている間に、みなさんのためにできることをしようという思いから 『GROUND ANGEL』を始めました。そして3・11の東日本大震災以降は、福島で被害にあった子どもたちを沖縄の久米島に静養させる支援活動をしています。『GROUND ANGEL』で集まったお金を元に昔の廃屋を直して作った静養所に、妊婦さんや小さな子どもたちとお母さん、50組ずつ2週間交代で滞在してもらっています。被害を受けた子どもたちの多くは海岸近くに住んでいた海が大好きな子どもたち。沖縄の海に入って”水の中に入っちゃった、どうしよう!“と心配そうに言っているのを聞くと、涙がこぼれるほど悲しい気持ちになります。ほかに長期入院をしている子どもたちを抱える親が格安で泊まれる宿泊施設ドナルド・マクドナルド・ハウス (公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンにより運営)のプロジェクトにもすごく共感していて、いろんな形で支援させてもらっています」

社会問題に目を向けるようになったのは、「娘の存在が大きい」と話してくれた石井さん。私生活の話が出たので、読者と石井さんとの一番大きな共通点だと思われる”パートナーがカナダ人であること“について触れてみた。奥さんのマリーザさんはノバスコシア州出身のカナダ人。前述のクリスティン中村さんとの交友関係も元々はマリーザさんが発端だ。



「カナダ人と日本人とで、どうやってうまくやってるの? とはよく言われるんですが、結局は人と人なので人種は関係ないというか…。日本人同士だって喧嘩しますよね(笑)。それを考えたら国籍とかは関係なくて、同じ志を持っていること。それが一番大事なのかもしれないとは思いますね。だいたい育った文化的背景も食べ物も全て違うわけですから。そうなると、根底にある精神的な部分が同じような場所にある方がうまくいくのではないかと思いますね。どっちかに合わせるのではダメで、お互いに合わせようとしないと合わないんですよね。自分は彼女と出会うまでそんなにカナダのことについては正直詳しくは無かったのですが、色々な文化の違いや考え方の違いなどを語り合えば合うほど、逆にそれがヒントや刺激になり、新しい発想が生まれることがたくさん増えてきました」

トロントでの公演の後は、レコーディングのためにすぐに日本に戻られた石井さん。30周年の今年は、さらに大きなイベントが控えている。

「10月21日にデビューしたので、その日に武道館でコンサートをして、30周年を迎えようと思っています。米米CLUBは来年が再結成してから10周年。みんなで10周年に何かできればと思っています」

そして最後に北米ツアーの可能性を伺った。

「実現できれば夢のようですね。みなさんの拍手と笑顔が見られるならどこにでも飛んでいきたいと思っています。アーティストはどれだけ情熱を出せるかが一番大事なこと。自分のすべてを使ってできるだけ多くの人々に僕のショーを見せたいと思っています」。


 
 


Biography

いしい たつや


画家を目指し上京後、米米CLUBのボーカリストとして1985年、「I・CAN・BE」でデビュー。89年「KOME KOME WAR」、90年「FUNK FUJIYAMA」でMTVのVIDEO MUSIC AWARDを2年連続で受賞。92年「君がいるだけで」は日本レコード大賞を受賞。97年よりソロ活動を本格的に開始。 アートの分野では個展の開催ほか、イベントの空間プロデュース多数。アメリカ同時多発テロの翌年、02年から平和祈念イベント「GROUND ANGEL」をスタート。07年、「GROUND ANGEL in HIROSHIMA」での活動により紺綬褒章受章。


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