悪かったと思ったら悪かったと言って愛している人に愛していると言う
Teruko Shin
裏千家教授 新照子(2018年2月9日記事)


お茶の席では呼ぶ人と招いてもらった人の心が一致するんです


2017年に外務大臣表彰を受賞した、裏千家教授の新照子氏。京都裏千家宗家で修業をした最初の日系カナダ人である照子氏は、1976年にトロントに社中を構えて以来、40年以上にわたってカナダにおいて、茶道を通した日本文化の普及に貢献してきた人物だ。
昨年の秋口に、トロント総領事公邸で行なわれた授与式の後日、照子氏のお茶室を訪問してお点前をいただく機会を得た。その時に聞いた、お茶を通して照子氏が経験してきた心温まるようなお話の数々を紹介していきたい。

お茶室で大切なのはコミュニケーション
「畳の部屋を歩くときは、畳の縁を踏まないで歩きます。自分の場に入るときは右足から入って、出る時は左足から出ます。裏千家ではそれが基礎の1つですが、すべての動作が途切れないよう、丸く繋がるようになっているのよ」
日本の文化でありながらも、なかなか入る機会のないお茶室。照子氏の人柄が表れたような、明るく清潔で心地よいお茶室へ足を踏み入れると、早速お茶の作法を教えてくれた。
「お茶というのは全然難しくないのよ。敷居が高いと言われがちですが、全然そんなことはないの。お茶を飲みにおいでと誘われて、お茶を飲みに行き、来てくれてありがとう、お招きありがとう、という会話がされる。お菓子を食べて、美味しいですねと会話をする。そうやって、お茶の席では呼ぶ人と招いてもらった人の心が一致するんです。大切なのは心で、お互いの気持ち。気持ちで迎えて気持ちでいただく。それがなかったらお茶を味わっても楽しくないんです」
お茶でお客さんをおもてなしするために、お花や書道、陶芸など日本文化を総合的に身に付けてきたのだという。
「お茶室の中には掛け軸があって、なぜその掛け軸が今日はそこにかけてあるのかにも意味があります。 お花も季節の野花を生けて、そのお花はその日のお客さんのためにお茶室で咲く。亭主がお客さんに喜んでもらえるように、一生懸命その日のために用意する。それがもてなしの心よ。ですから、お客さんはお茶室で見たことをや感じたことを、しっかりと覚えていてほしいの。お茶は、お点前が上手か下手かだけではないんです」

日本のことを勘違いされるのが嫌だった
今では日本の文化は世界に広まり、抹茶アイスクリームや抹茶ラテはカナダで人気のメニューで、緑茶も一般的に飲まれているもの。しかし、1970年代のカナダでは、日本の文化は断片的なイメージでしか語られていなかったという。
「ホテルで着物を着てランチを食べていたら、通りかかった男性は私のことを、芸者ガールだと言うんです。私は呼び止めて説明したの。"私は普通の主婦よ。芸者はどんな人だと思う? 例えばあなたが首相だとしたら、芸者は首相と話をできるような頭の良さが必要なの。単なるエンターテイナーで、着物を着て踊っているだけが芸者じゃないのよ。よく調べなさい"ってね。日本の文化を勘違いされるのが嫌だった。そして、日本人として、日本をきちんと紹介したいと思ったのが、お茶を学ぶことを決めたきっかけでした」
日系カナダ人としてカナダに暮らし、3人の子供がいた照子氏は、京都の裏千家学園で勉強することを決意し、まだ小さな子供を置いて1人日本へと旅立った。カナダに戻ってきてからは幼稚園児から高校生、社会人にまでお茶を教え、お茶を通して自分自身も成長をしたという。





お茶を通して人の心と触れ合う
お茶を通して人と触れ合った話の1つとして、終身刑の刑務所を訪問した時のことを語ってくれた。
「刑務所のチャペルに集まった、何百人もの受刑者にお話をしました。受刑者の1人が、図書館でお茶の本を読んだと言うんです。その方をステージに上げてお客さんになってもらい、お点前をしたんですね。みんな、私の子供と変わらないような若者たちで、一体何を悪いことをしたんだろうと思うほどいい子達でね。一番前にいた囚人は、お点前をする様子を見てポロポロ涙を流していました。私が話したのは、いつも母親として子供たちに言うような内容だったわ。お話を終えて、チャペルを出るところで雨が降ってきたんです。彼は自分の上着を私にかけてくれました。ゲートの前まで来たら、もうそこからは出られない。みんな終身刑で出てくることはできないのよ。ゲートが閉まって、その子は私の着物の裾をつかんで、また来て欲しいと言って、後から手紙もくれたんです」
人里離れた刑務所で長い人生を送る受刑者たちにとって、照子氏はどんなに心に火を灯してくれる存在だったのだろうか。それから、こんなお話も語ってくれた。
「長男がドラッグやアルコール中毒の患者を診ている精神科医なんです。ある日、患者さんの1人とお話する機会があって、彼は10年以上も病院に入っていて、子供がいるけど会っていないんですって。息子さんに会いたいでしょう? 電話をしてみたら?と聞いたら、向こうからかかってこないし、僕がこんな状態なのは息子の恥だからって。でも、向こうから来ないなら、あなたが行きなさいって言ったの。それから、しばらくして息子に用事があって病院を訪れたら、そのときの患者さんがいたのね。スーツを着てネクタイをしていたの。息子が会いに来ることになったんだ、あなたのおかげですって言うの。私もう、涙が出ちゃってね。人を助けたつもりはないけど、私の一言で親子が会えるようになったの。彼のスーツ姿は忘れられないわ」
ほかにも、いくつかのエピソードを語ってくれた照子氏は「お茶を通して、本当にいろんな経験をしました」と話す。
「人と人との心の触れ合いの大切さというものが、本当のお茶の姿なんです。お茶の柄杓の持ち方は、なんでもないことよ。ただ家族や友達とのつながりに素直な気持ちになって、悪かったと思ったら悪かったと言って、愛している人に愛していると言うんです。お茶を通して学ぶ大事なことは、ただそれだけなんですよ」


Biography

しん てるこ
裏千家淡交会トロント協会の茶道指導者。1976年に創設した裏千家淡交会トロント協会を中心に、茶道の普及活動に貢献。40年にわたり日本文化を促進してきたその活動は、2017年に外務大臣表彰を受賞した。社中や日系文化会館での定期稽古ほか、学校でお茶の心を伝えるための公演を続けている。