時間軸を決めずに築く
グローバルなキャリア
Tomoko L. Kitagawa
歴史学者 北川智子(2014年4月4日記事)

目の前のことに打ち込めば、
次のステップは見えてくる

歴史書として異例のベストセラーを記録した『ハーバード白熱日本史教室』、留学時代に実践していた勉強方法を公開した『世界基準で夢をかなえる私の勉強法』などで一躍その名を広めた歴史学者の北川智子さん。若干29歳の若さで米国ハーバード大学の教壇に立ち、不人気だった東アジア学部で担当した日本史の講座を3年目には履修者250人を超える超人気講座に押し上げた。現在は、イギリスのケンブリッジに拠点を移し、数学史を研究している北川さんが、トロントに短期滞在の予定があると聞き、お話を伺う機会を得た。

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「カナダとアメリカ、イギリスに住んだことがあるんですが、カナダに到着すると、リラックスできるというか、ホームタウンに戻ってきたような感覚になりますね。長く住んだっていうのもあると思いますけど」と言われる北川さんは、日本で高校を卒業後、バンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学に留学した。専攻は数学と生命科学。そこからどのようにして歴史学者に? とは誰もが疑問に思うところ。

「学校内でできるアルバイトを探している時に、日本史を教えている韓国出身の先生がリサーチアシスタントとして日本語ができる人を探していたんです。教授のお手伝いで図書館で文献を集めたり、16世紀に書かれた日記や手紙などを読んでいるうちに、"すごくおもしろいことがいっぱい書いてある!"って衝撃を受けたんです。あと、その時とは別の機会なのですが、思想家の研究をしていたアメリカ人の先生が、江戸時代の思想家である荻生 徂徠(おぎゅう そらい)や林羅山(はやし らざん)について、カナダの生徒たちと白熱した議論をしている姿を見たんですね。"日本って海外の人からこういう風に興味をもたれる国なんだ"ということに驚きました。それが2003年のことで、もう少し日本史を勉強してみたいと思って大学院に入ることにしたんです」

大学卒業から大学院入学までに時間があったという彼女はその期間を利用して、旅行をしようと思いつく。旅先はなんと米国ボストンの隣町ケンブリッジにあるハーバード大学。サマーコースを1講座受けてみようと思い、日本史の講座「ザ・サムライ」を受講した。

「そこでは、縄文時代から時系列に従い、明治、大正、昭和までの日本史を教えていたんです。講座ではタイトルになっている通り、サムライの活躍が日本を説明する基軸になっていたんですが、"それだけじゃない"って思うようになったんですね。豊臣秀吉や徳川家康など歴史書には男性が日本という国を作ったように描かれています。ところが、史料を読むと女性のことも書かれているし、手紙のやり取りなどもなされている。そこから当時の女性の中にも政治や経済、文化、社会で活躍した女性、『レディ・サムライ』 がいたのではないかと思い始めて、受講生たちと話しているうちに、これまで焦点が当てられていなかった女性たちのことをもう少し調べたいと思ったんです」

ブリティッシュ・コロンビア大学で修士課程を修了後、米国のプリンストン大学院に移り、博士号の研究を始めた北川さん。「レディ・サムライ」という大きなテーマを元に、豊臣秀吉の正妻、北政所(きたのまんどころ)ねねがどのように秀吉を支えていたか、どんな物を身に付けて、どのようなソーシャルネットワークを作っていたかなど、これまでの"男性のサムライ"の存在だけで記された歴史観の中に、"女性のサムライ"の存在を位置づけ、論文をまとめ上げた。 博士課程3年目には、ハーバード大学で募集していたカレッジ・フェローという教職に応募。「ザ・サムライ」の担当教授は退職されており、北川さんはそのクラスを引き継ぐ形で「レディ・サムライ」という講座を開講する。
履修生251 人の人気講座「レディ・サムライ」

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「ハーバード大学の東アジア学部というのはすごく不人気でして。どうしてハーバードで日本史の授業を取らなければならないのか、と説得するのが大変なんです。前任者の日本史講座には、履修者が2人とか、多くても10人未満という状況。私が採用された時も、『あなたは新米だから受講者0人ということになっても気にしないでね』と言われたんです。
でも、せっかく『レディ・サムライ』を教えられることになったのだから、生徒数は気にせず、1人でも2人でも来てくれればいいなと前向きに考えて始めました。蓋を開けてみたら、初年度の受講者は16人。それが翌年には105人になり、その次の年には251人まで増えて、コンサートをやるような大きなホールでレ クチャーするようになったんです」
人気講座誕生の理由には、教師の通知表の公開、コンピュータを利用した提出物や授業、そして生徒同士が議論し学び合うアクティブラーニングの実施を挙げる。さらに、学生の評価を公開するというオープンコンペティションにより、クラスの士気が高まったという。

「教師だけが見て評価する提出物が宿題であれば、悪い点を取っても『ま、いっか』で終わってしまうと思うんです。でも、クラスのみんなに見られて評価されるとなると、キツイじゃないですか。でもそれが一般社会の現実ですよね。お互いに評価し合い、競争し合う。その隠せない社会の現実を教室に持ち込みました。明日テストだから2時まで勉強しなきゃ… というより、プレゼンテーションのための動画を作ってたら朝までかかっちゃって…では、爽快感が違いますよね。健康的な競争心が相乗効果を生んだんだと思います」

ハーバード大学で教員の授業への努力が学生により評価される「ティーチング・アワード」を3年連続で 受賞、学内の「ベスト・ドレッサー賞」、「思い出に残る教授」などにも選出された北川さんは、東洋中世数学史の研究のため、2012年にアメリカからイギリスに拠点を移す。

「理由は2つあります。まずは、イギリスのケンブリッジ大学に数学研究と科学史の研究の優れた施設があること、もう1つは、『レディ・サムライ』について英語で書く際に、中世という時代が存在しない北米ではなく、その時代があったヨーロッパで、英語でどのように中世の歴史が描かれているかを知りたいということからです」

イギリスにはこれまで1年半以上滞在し、今後も研究を続ける予定にしているというが、長期的な計画は決めていないと話す。
「日本語で本を出版したことにより、ラジオやテレビ出演などいろんな機会に恵まれました。長期的なプランを立てるのではなく、その時できることに目一杯打ち込んだら、次のステップが見えてくるということを実感したんです。ですからイギリスでの研究が終わった後のその先についても同様に構えています」

しばらくは英語の論文、書籍執筆に集中するという北川さんに、グローバルにキャリアを築いていく上で大切にしていることを伺った。

「2冊目の本のタイトルにも付けたんですが"世界基準"という言葉を大事にしているんです。何事も日本の枠を超えて、世界規模で考えて行動したいと思っています。また、私の場合、カナダの大学生になった時点で、日本の基準で言う優等生のレールからは外れちゃったんですよね。そういう意味でタイムラインを作っていないところが私にはあるんです。自分らしく進める足取りでのびのびやっていこうと思っているので。この時までにこれを絶対にしなければならないとか、時間軸にこだわりを持つのではなく、マイペースに自分らしさを大切に仕事をするようにしています」。

 
 


Biography

きたがわ ともこ

カナダのブリティッシュ・コロンビア大学を卒業。同大学院でアジア研究の修士課程を修了後、米国のプリンストン大学で博士号を取得。2012年7月からは、英国ケンブリッジを研究・執筆の拠点としている。書著に『ハーバード白熱日本史教室』『世界基準で夢をかなえる私の勉強法』『異国のヴィジョン:世界のなかの日本史へ』がある。