ハナ・モスコヴィチやニコラス・ビヨンに新作を委嘱してワールドツアーをしたい
Toshiyuki Natori
プロデューサー 名取敏行(2018年3月9日記事)
©Kazuyuki Matsumoto

カナダは多民族国家という印象がありそれに応じて様々のタイプの戯曲が揃っている


東京を拠点に演劇のプロデュースを手がけるTheatre Office Natori(名取事務所)が、2017年12月9日にトロントのFactory Theatreにて別役実による戯曲『Godot Has Come(やってきたゴドー)』の公演を行なった。同戯曲は、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』のパロディ。おおまかなあらすじは、遂にゴドーがやってきたというのに、それを待ちわびていた2人は日常の出来事に気を取られ、ゴドーが現れたことに気が付かないというもの。役者たちのコミカルな演技に客席からは何度も笑いが起こり、特にゴドー氏が「ゴドーです」とステージに現れるたびに、絶妙なタイミングと間が相まって会場は笑いの渦に包まれていた。あっという間に100分間の公演が幕を閉じ、役者たちは観客から拍手喝采を浴びた。公演後日、名取事務所の設立者でプロデューサーの名取敏行氏にメールインタビューを敢行。演劇というフィルターを通して浮き出てくる、カナダの国民性や国柄を知る貴重な機会となった。


『やってきたゴドー』の上演をトロントで行なった感想をお聞かせください。
非常に驚きました。カナダ人にとって不条理劇は身近ではないと思っていましたし、 失礼ながらユーモアもそれほどある国民ではないと思っていたので。しかし、今まで公演した国の中で一番受けました。トロントのこの作品のユーモアを解する知的水準に敬意です。

これまでに抱いていたカナダの印象について、詳しくお聞かせ頂けますか?
カナダと言えば「メープルシロップと大自然」という感じでした。また、カナダ演劇は正統派英国演劇の亜流と、ブロードウェイ寄りの演劇しかないのだろうと思い、全く興味がありませんでした。あとは、シルクドソレイユのイメージですかね。

そんなカナダでの上演を決めた理由は何だったのでしょうか?
レバノン出身のカナダ演劇のワジディ・ムワワドの作品を読んでから、もしかすると私の見解が間違っていたのかも知れないと思い、カナダ戯曲を読み漁り俄然興味を持ち始めました。そして、カナダで上演をするに至ったわけです。

カナダにおける特定の好きな劇団や作家がいれば教えて下さい。
好きな劇団はモントリオールにあるインフィニティシアターです。フランス語圏でありながら、英語で戦っているという感じがあります。劇作家で言うと、ニコラス・ビヨンはサスペンスドラマの作劇術が優れていますし、ハナ・モスコヴィチのテーマへの見方や切り口が好みです。

ニコラス・ビヨン原作で、トロントの警察署内が舞台となる『屠殺人ブッチャー』も名取事務所さんで公演されていますね。現代カナダ演劇の印象をお聞かせください。
カナダは多民族国家という印象があり、それに応じて様々のタイプの戯曲が揃っているという感じがします。また、移民の方が多いためか、社会性の強い作品が多くドラマチックでテーマがぬるくなく私の好みです。

これまでに上演を行なったカナダ以外の国ですと、どの国が印象的でしたか?
アイルランド、ダブリンのベケットシアターです。ご存知のように『やってきたゴドー』はサミュエル・ベケットによる戯曲のパロディですし、『やってきたゴドー』を書いた別役実もまた、サミュエル・ベケットに影響を受けました。そのベケットの故郷で、彼の名前を冠した劇場で公演をすることは、当然感慨深いものがありました。

ニコラス・ビヨン原作で、トロントの警察署内が舞台となる『屠殺人ブッチャー』も名取事務所さんで公演されていますね。現代カナダ演劇の印象をお聞かせください。
カナダは多民族国家という印象があり、それに応じて様々のタイプの戯曲が揃っているという感じがします。また、移民の方が多いためか、社会性の強い作品が多くドラマチックでテーマがぬるくなく私の好みです。

これまでに、海外ならではのハプニングはありましたか?
モスクワで、80歳を過ぎた男優が「舞台稽古まで少し時間があるので散歩に行く」と出かけて2時間が経ち、4時間経っても戻って来ず、日本大使館に連絡を入れて捜索隊を作りました。モスクワの警察にも届けましたが、2日間連絡がつかない場合にはじめて警察が動くと言われました。男優の楽屋にはお財布が置いてあり、何も持っていませんでしたし、6月ですので脱水症状で倒れていないかと心配をしておりました。翌日の公演は中止と腹をくくり、捜索に一層の力を入れましたが、夜の9時になっても手掛かりがありません。諦めかけた時、私の電話に「ホテルに戻って来た」と連絡が入りました。道端にうずくまっていたところご婦人が声をかけタクシーに乗せてくれて、ポケットにはホテルの名刺が偶然にも1枚入っていたそう。さすがはロシア、タクシー代は相場の10倍だったようです。また、その時の捜索隊長とは親しくなり、後にアルメニア大使になり去年は私達を招聘してくれました。「もう迷子にならない様に!」と釘を刺されました(笑)。

では、日本語で海外公演する際に、どのように観客との言葉の壁を乗り越えていますか?
これは非常に難しいことです。セリフを伝えるには字幕がすべてですので、舞台上で美術的にバランスが取れなくても、字幕スクリーンを優先して設置しています。字幕の文字数もなるべく少なくし、舞台に集中できる様に努力しています。また、セリフよりもやや身体の動きに重きを置いて演技をすること。あとは、その国の言語で観客に問いかけるなどの演出も行なっています。

今後、再びトロントで公演をするとしたら、どんな題材の戯曲を選びたいと思いますか?
原爆をテーマにした「象」という不条理劇です。日本の原爆禍をカナダ人がどう思っているかを知りたいですね。あるいは「病気」という不条理劇。現代人が一番関心のある健康と病気を扱っている不条理コメディですので『やってきたゴドー』を受容していただいたカナダでは非常に受けると思うので。ちなみに、2作品とも『やってきたゴドー』の作者と同じ別役実です。

名取事務所さんとしての今後の展望などがあればお聞かせください。
ハナ・モスコヴィチやニコラス・ビヨンに新作を委嘱し、カナダツアーと日本ツアー、そしてワールドツアーをしたいですね。



©Kazuyuki Matsumoto


Biography

なとり としゆき
プロデューサー。1996年に有限会社名取事務所を設立し、2006年には特定非営利活動法人舞台21を設立、理事長となる。国内外の現代演劇を題材にプロデュースを手がけながら、東京を拠点に世界中の舞台で公演を行なっている。

WEB:www.nato.jp