ギリギリの緊張感が呼ぶ迫力のステージEMPIRE
Yasuaki Yoshikawa
ラートパフォーマー 吉川泰昭 (2015年11月6日記事)

アメリカで学んだ可能性を信じて進むこと

ほの暗いテントの中に設置された小さな円形ステージ。観客と至近距離にあるステージで繰り広げられる迫力のアクロバット、アダルトなジョークを交えたコメディ、セクシーなダンス…。ほかでは見られないユニークなステージ「EMPIRE」。2012年にニューヨークでスタートした「EMPIRE」は、オーストラリアや日本公演も果たし、現在も世界中の人々を魅了。そして、現在トロントで公演中だ。

世界各地から選び抜かれた16人のパーフォーマーのうち吉川泰昭さんは唯一の日本人として出演。開演前には、コミカルな道化師のパフォーマンスで観客を引き込み、また、ステージでは、大きな鉄製のリング「ラート」を巧みに操るパフォーマンスを披露している。


ラートとは、金属製の2つの輪に持ち手が付いた器具を使い、3次元の回転をするドイツ発祥の体操競技の一種。全日本選手権で6度の優勝、世界選手権で3位という輝かしい実績を持つ吉川さんがラートに出会ったのは、大学時代のこと。大学で何かスポーツをやろうと体操部に見学に行った際、体育館でゴロゴロ回っているラートを見た瞬間、「これや!」と一目惚れしたという。特にスポーツが得意だったわけではなかったという吉川さんは、小学生の頃、ソウルオリンピックで活躍していた池谷幸雄さんに憧れて体操を習いたかったというが、地域に体操クラブがなくあえなく断念。代わりに夢中になったのは鉄棒だった。

「“今できることを一生懸命やっていたらいつかそれが貯金されて返ってくる。今できることを楽しみなさい”と、母親に言われまして…。できることって何? と思っていたら目の前に鉄棒があったんです。体操への憧れの気持ちを抱きながら逆上がりの練習をしていました。連続逆上がりを1日に何回も何回も…。回ることに対する順応性はその時に身につけたのかな、と思います」


そしてその言葉通り、時を経て出会ったラート。 「大学では時間があればとにかく回っていました。すぐにのめり込んでいきまして気がつけば世界選手権に出場していました」 そしてドイツで行なわれた世界選手権で、パフォーマーになることを決意する。 「ドイツでラートのパフォーマンスを見た瞬間、“僕はこれがやりたいんだ!”と衝撃が走りまして、涙が出るくらいに感動しました。マングローブの研究を目的に大学に入学し、大学院にも進もうと思っていたんですけれど、悩んだ結果、“回る道”を選びました」

吉川さんの決心に、当初は驚いていたというご両親だが、「今では両親が僕の1番のファンです」と満面の笑顔を見せた。

競技からパフォーマンスに転向した吉川さん。時代はちょうどスポーツを元に体力や技術の限界に挑戦するテレビ番組「筋肉番付」などが始まり、スポーツエンターテインメント番組の全盛期。その流れを受けて作られた“筋肉で音楽を奏でる”をコンセプトにしたアクロバットな舞台「マッスルミュージカル」の出演オファーを受けた吉川さんは、同ミュージカルの公演に伴い、しばらくエンターテインメントのメッカ、ラスベガスに滞在する機会に恵まれた。

いろいろなショーを鑑賞する傍ら吉川さんはトップパフォーマーたちが集うワークショップに参加。クラスの先生の声かけにより、受講生のパフォーマーを集めてショーを作ることになり、吉川さんもそのメンバーに加わった。そしてこのショーが、吉川さんの「EMPIRE」出演のきっかけとなる。

「公演を始めて6か月ほど経った頃、ある男性から“3メートルの円形ステージでやってみないか?”と言われたんです。“そんな狭いところで回るのは無理かも…”と返事に戸惑っていたら、ワークショプの先生が横から“こいつは何でもできるから連れて行ってくれ”とその男性に向かって話したんです。その後、先生から“なんであそこで、できますって言わないんだよ!”と怒られました。“ここはアメリカ。アメリカでは何でも可能性があると思って突き進まないとダメなんだ!”と言われ…。

あとになって声をかけてきてくれた男性が『EMPIRE』のプロデューサーであることがわかりました」

「EMPIRE」を制作しているスピーゲルワールドの第1弾作品「ABSINTHE」をすでに鑑賞していた吉川さん。ステージのサイズは確認済みで、大きなラートを回すのは無理があるとは思っていたが、プロデューサーから後日、オファーの打診があった際には、例のクラスの先生の言葉が浮かび、「特注のラートを作れば小さなステージでもできます!」とプロデューサーに提案。全くアテがなかったものの必死で作ってくれる人を探し出し、世界に1つの特注ラートで舞台に立つことになった。

「できないと思っていることも実際にやってみるまではできるかどうかはわからない、ということをアメリカで学びました」と当時を語ってくれた。

2012年に初演を迎えた「EMPIRE」は、爆発的なヒットにより、世界ツアーを敢行。カナダではモントリオール、ケベック・シティ、オタワの公演をすでに終えている。地域により観客の反応は違うというが、特に印象深いのはモントリオールだったと振り返る。

「モントリオールはシルク・ドゥ・ソレイユの本拠地であり、観客の目が厳しいですよね。でも、面白いと思ったものには、すごく応援してくれる雰囲気がありました。モントリオール公演から毎日スタンディングオベーションが続いています」

約90分間の公演はインターミッションを挟まず、開演直後からの高いボルテージをそのまま上げ続け、そのクライマックスで終焉する。その興奮と熱気の中でのパフォーマンスは、さぞかしプレッシャーなのでは?とその心境を伺う。


「小さなステージでのパフォーマンスは、一瞬でも気を抜いたら事故につながってしまうという緊迫感があり、そのギリギリのところで演技をしています。お客さんに伝わりやすい距離でのパフォーマンス、だからこそ、自分が伝えたいことを最大限に伝えたいと思っています」

来年10月まで北米ツアーが予定されている「EMPIRE」。各都市1、2か月滞在しては次の都市へ移動…という生活がこの先1年ほど続く。その先の目標について吉川さんは次のように語ってくれた。

「ソロのショーにも憧れはありますが、プロデュース側になって、自分のショーを創りたいですね。これまでいろんなショーを見て、いろんな人と出会って、人のつながりの有難さを実感しています。いろんな国の人々が集まった世界的なショーが作れたらなと思っています。新しい出会いがある度に、“この人が加わると、こういうショーができるかも…”など、構想を練ったりしています。鉄棒に夢中になりその数年後にラートに出会ったように、今、目の前にあることを一生懸命やって、その後、貯金が返ってくるといいですね」。 吉川さんのラートを始め圧巻のパフォーマンスの連続「EMPIRE」。トロント公演は11月8日(日)まで。チケット情報は下記サイトで確認を。


 
 


Biography

よしかわ やすあき

奈良県出身。20歳の時にラートに出会い、2011年に行なわれた世界初のシルホイール(1輪ラート)のUSオープンでチャンピオンとなる。ラートの世界選手権aでは、個人3位・団体2位、全日本選手権では6回の優勝。「マッスルミュージカル」で活躍後、2012年より「EMPIRE」に出演。トロント 公演のチケット情報はサイト(www.evenko.ca)にて。

吉川泰昭ブログ:ameblo.jp/wheelmaster
「EMPIRE」オフィシャルサイト:www.spiegelworld.ca