ベンガル湾沿いの活気ある旧フランス植民地
Puducherry, India
プドゥチェリー(インド共和国)(2012年11月2日記事)

Puducherry, India

プドゥチェリーは、インド南東部ベンガル湾沿いの人口およそ22万人の町。インドといえば旧イギリス領だが、この町は数少ない旧フランス領だ。ヨーロッパとの交易が盛んな17~18世紀にフランス領インドの首府が置かれ、英仏両国による領土争いの後、1954年にインド政府に返還されたプドゥチェリー。英仏二国間で揺れたその歴史は、カナダとも通じる点がある。

植民地時代の名残と町の素顔

ヘリティッジ・タウンと呼ばれる町の中心では牛が悠々と道を渡り、色とりどりのサリーを身に纏った女性達が逞しく商売をしている。オートリクシャーが行き交う中で聞こえてくる喧騒はもっぱらタミル語。ただしタミル語とフランス語の二重表記の道路標識や看板を目にすると、ああ、ここではフランス語も公用語なんだということを思い出す。たしかに整備された碁盤目状の区画や、どこか洗練された雰囲気はまさしくフランス領時代の遺産だ。ヘリティッジ・タウンにはフレンチ・クオーターと呼ばれるエリアがあり、コロニアル建築の建物が往年の面影を残す中、カースト制度上位の名家の大邸宅が美しく佇む。海沿いの散歩道も高級リゾート地のようで、さりげなく隔絶した特区といった趣だ。
一方、大通りを挟んだインディアン・クオーターと呼ばれるエリアに渡ると、目の前に活気あふれるマーケット「グランド・バザール」が現れる。ベンガル湾の新鮮な魚が並ぶ魚市場を筆頭に、黄色や紅色の生花の量り売り、山積みされた熱帯の果物やヤシの実等が売られる生鮮市場、色鮮やかな布市場が所狭しと続く。値段交渉の熱っぽいやり取りも、庶民的な生活感漂うマーケットの盛り上げ役になってくれる。
ところで、滞在中に道路に描かれた幾何学模様や花模様に出会えたらラッキーだ。ヒンドゥー教徒に伝わるコラムというこの風習は家内安全や繁栄を願うもので、元々は女性達が早朝に自宅の前に米粉を撒いて描いていたもの。何百年も代々受け継がれてきたコラムもなかなか見られなくなったが、今でもお祭りや結婚式の際には、祝事らしいカラフルな図案や見事に入り組んだ複雑な図案のコラムを見つけることができるだろう。

インドに古代ローマ遺跡?

キリスト教教会、イスラム教モスク、ヒンズー教寺院と宗教建築が混在するこの町で人気高いのが、ヒンズーの神ガネーシャを祀るマナクラ・ヴィナヤガル寺院。この寺では象の頭を持つガネーシャ神にちなんだ本物の象が、参拝者の頭を鼻先で撫でる祝福のお勤めに忙しい。寺院入り口では40体の神様が積み重なるようにポーズを取り、インドらしい雰囲気を醸し出している。
打って変わって、ほど近くに建つプドゥチェリー博物館は、かつてのフランス総督官邸だった堂々たる白亜の建物だ。興味深いのは古代ローマ時代の遺物が展示されていること。実はプドゥチェリー付近には紀元前から南海貿易に従事するローマ人が住んでおり、市外のアリカメドゥ遺跡から当時の生活用品が発掘されている。1世紀中頃に書かれた「エリュトラー海案内記」に登場するポドゥケーという港町こそアリカメドゥ遺跡を指すと言われ、インドとヨーロッパを結ぶ海路がますますくっきりと頭に浮かぶ話である。

興味深い歴史を持つプドゥチェリー。しかし今を生きるインドの人達の生々しいエネルギーを目の前にすれば、その魅力はなんといっても人と町とが生み出す鮮烈なコントラストや混沌とした融合だという事がわかるだろう。

More Info
● インド政府観光局公式サイト
www.incredibleindia.org



 
 

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