ウユニ塩湖だけではないボリビアのディープな旅
Bolivia
(2018年5月11日記事)

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今回は2003年に旅をした、ボリビアでの話。バックパッカー旅行をしていた私は、ブラジルのアマゾン川沿いの街、マナウスで体調を崩していた。やっと回復し、気分転換にボリビアのサンタクルスまで飛行機で飛ぶことにしたのだった。その時の状況で旅のルートを変えたりするのも、時間に縛られない自由なバックパッカー旅行の醍醐味だ。
何の知識も持たず、朝一番に降り立ったサンタクルスは、海が無いというのに薄い水色の地平線が見え、空まで青いグラデーションのような霧がかかってる街だった。そこからアヤクチョという街にバスで出ると、どこか雰囲気がおかしいことに気付いた。店は閉まり、壁には新聞紙が一面に貼られ、人もいない。いや、いる気配はあるのに見えない。と思った瞬間、後ろから目隠しをされ、何かが降ってくる。その日はカーニバル真っ最中で、後ろから押さえられた私の顔には墨が塗り付けられ、色水の入った水風船を当てられ、水鉄砲で色水をかけられ、あっという間に全身色まみれにされるという洗礼を受けた。街中を、色水鉄砲を持った人々を乗せたトラックが走り回る光景は、まるで陽気な戦争で、私はバーチャルゲームの世界に入った気分だった。街中は色まみれになっていたが、次の日には洗われて元通りになってた。








不思議な絶景「月の谷」、そして地元のカーニバル

標高の高い首都ラパスでは、初めてコカ茶を飲む。高山病にも効くらしく、くちゃくちゃとコカの葉っぱをそのまま噛んでる人々に最初は驚いた。実際に効いてるのか効いてないのかは、最後まで分からなかった。首都ラパスから、コレクティーボという乗り合いバスに乗って50分のところにある「月の谷」を訪ねた。ぽろぽろと崩れる粘土のような地質で、尖っている場所もあれば、サボテンが生えてる場所もある、不思議な月の斜面のような谷が一面に広がっていた。あんな景色は世界中でなかなか見られないだろう。 ローカルバスで立ち寄った村では、またもやカーニバルに遭遇する。男性はプーマのお面、女性は何枚もの下着を重ねたふっくらとしたスカートに派手な色の織物のショール、そしてハットをかぶったアンデス地方先住民の印象的な衣装を身にまとい、くるくると回って踊っている。目が回ったのか、アルコールが効いているのか、ときどき転ぶ人もいる。若い女性は現代風な衣装で、マーチングバンドのように揃った動きをしていた。色水ぶっかけカーニバルとは全く違うし、見事に観光客はいなかった。 ボリビアの西側にはチチカカ湖が望め、湖はペルーとボリビアに分かれている。とにかく大きく、ときたま海よりも大きい波も立ったりするくらいだ。





コパカバーナからインカ帝国発祥の地「太陽の島」へ

チチカカ湖のほとりにある村、コパカバーナに滞在し「太陽の島」にボートで向かうことに。インカ帝国発祥の地という場所だ。3月のボリビアの太陽は刺さるように暑いが、吹く風は冷たいので、とにかく寒い。ボートから降り11キロの道のりを歩き、逆側で待っているボートで帰るというハイキングコース。段々畑を横目に歩き進み、豚やロバの親子と何度もすれ違う。蜂が羽をすりあわせる音、羊が鳴く音、そして私たちの歩く音しか聞こえない、大自然の山。こう書いてみると非常にのどかだが、何しろ標高は4100メートル。頭は痛いし、眠くなるし、呼吸も辛く、これぞ高山病。たまに会う島の人に「あとどれくらいなの?」と聞いても「1〜2時間くらい」と答えるが、いくら進んでも一向にその答えは変わらない。帰りのボートも波が激しいため、ひどく酔う。さらに夜は、日焼けで顔中が暑くて寝られず、散々な思いをした。
別の日に、チチカカ湖のペルー側にあるウロス島という、トトラという藁でできている浮島にも行ってみた。湖にぷかぷか浮いてる島なので、ジャンプするとゆらゆらと揺れる。この大きな島には300人も住人がいるらしく、島自体は20年間は持つらしい。普通に火を起こしてご飯を作ったりしているので、火事にならないかと心配になる。こんな景色も、世界でなかなか見られないだろう。
日本で慌しい生活をしていたことを、すっかり忘れることができたボリビアでの滞在は、大変な思いをしたものの、蜂の羽音や暑い太陽、居心地の良かった島のことが、深く記憶に刻まれている。結局は辛い体験の方が、後に最高な思い出として残ることは毎度のことだ。こうやって、旅を通して経験値が上がっていくのだろう。

Biography

岡本まい
1976年生まれ横浜出身、通称オカマイ。ライター、コーディネーター、ジャマイカでのガイドを行なう。『危ない世界の歩き方』『まずは行動する人がうまくいく』著者。
instagram: okamai_ja

 

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