ふたつのブルーに彩られた街
Delft, Netherlands
デルフト(オランダ)(2014年5月16日記事)

Delft, Netherlands

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オランダの南ホラント州の町デルフトには、ふたつの青い色がある。ひとつは画家フェルメールの作品のシンボルとなった「フェルメールブルー」、もうひとつはデルフト陶器に使われた「デルフトブルー」。オランダらしい運河の流れる町並みは歩いて回れる規模で、木々の間にはデルフト焼モチーフの照明柱がさり気なく立つ。かつてアジアとの貿易を独占した東インド会社の重要な拠点が置かれていたこの小さな町で、運河を辿るように青色の歴史を紐解いてみたい。

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名画に使われた貴重な原料

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17世紀にアジア各地に植民地を持ち、香辛料をはじめとする各種貿易で栄えたオランダ連邦共和国は、「オランダ海上帝国」として勢力を拡大した。様々な輸出入品が行き交った運河の流れるデルフトの町は、今でもその時代の面影を保ち続けている。町の入口にかかる東門をくぐって中心街に入ると、そこには石畳の小路にレンガ造りの家々の並ぶ、絵本のような空間が。心臓部分に広がるマルクト広場には、赤い雨戸が印象的な市庁舎と町を一望できる新教会が向かい合って立つ。オランダを代表する画家フェルメールが住んでいた家もすぐ近くだ。 1632年デルフトに生まれたヨハネス・フェルメールは、生まれ故郷からほとんど出ることなく生涯を過ごした。代表作には運河を手前にデルフトの町を描いた風景画〈デルフトの眺望〉もあるが、多くの人が思い浮かべるのは〈真珠の耳飾りの少女〉や〈牛乳を注ぐ女〉といった風俗画だろう。 そしてそこに描かれた青い色の、他にはない鮮やかさが印象に残っているのではないだろうか。「フェルメールブ ルー」と呼ばれるこの青色の成分は、天然の鉱物ウルトラマリンで、宝石としても珍重される瑠璃(ラピスラズリ)がその原料。金よりも高価だったため絵の具として使われることは滅多になかったが、フェルメールは惜しみなくこの美しい青を使って名作を生み出した。〈真珠の耳飾りの少女〉はデルフトから電車で15分の、デン・ ハーグ市のマウリッツハイス美術館に収蔵されている。現在は改装中で6月日に再開予定だ。
写真左 ©NBTC

海を越えるデルフトブルー

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白地に鮮やかな青が映えるデルフト陶器の製造は、17世紀に中国から入ってきた磁器を模すことで大きく発展した産業だ。陶器はオランダ各地で生産されていたが、デルフトの技術レベルは非常に高く工房も多かったため「デルフト陶器」として町の名前がつけられた。ドイツやフランスやデンマークには、素晴らしく緻密に描かれたデルフトのタイルで内装された城がある。庶民の生活必需品から一級の美術工芸品まで包括したデルフト陶器の汎用性の高さは、白と青のシンプルで美しい色合いによる部分も大きいだろう。マルクト広場から小さな橋を渡って運河を越え、傾いたまま立つ旧教会を過ぎるとランバート・ファン・メールテン博物館、別名タイル博物館が現れる。

19世紀にデルフト工科大学の芸術好きな学生達に向けて公開されていた邸宅で、豊富なタイルコレクションをはじめ多くのデルフト製品が展示されている。残念ながら現在一時閉館中だが、 プリンセンホフ博物館や現存する最古の工房である王立デルフト陶器工房を訪ねれば、今でも職人による手描きが施された陶器との出会いが待っているだろう。
ここ北米でもデルフトの名をよく耳にするのは、デルフト陶器の製造が盛んな時期にニューヨークのマンハッタン島がオランダ領となり、人も物も入って来たから。シノワズリの影響で始まった青い絵付けの品々が世界の海を渡ったのかと思うと、デルフトブルーもはるかな青い波の色に見えてこないだろうか。


写真左 ©NBTC

More Info
● オランダ観光局HP(日本語)
www.holland.com/jp