アドリア海の真珠と謳われる街へ
Dubrovnik, Croatia
ドゥブロヴニク、クロアチア(2015年5月15日記事)

Dubrovnik, Croatia

©Mario Romulić & Dražen Stojčić / CROATIAN TOURIST BOARD
ヨーロッパ南東部、バルカン半島の付け根に位置する国クロアチア。その最南端で飛び地にあるドゥブロヴニクは「アドリア海の真珠」「世界の宝」といった別名を持っている。まばゆいばかりに風光明媚な街は、ヨーロッパ人にとっては古くから人気のバカンス地だった。旧ユーゴスラビアから独立しクロアチア紛争が終結した以降は、内戦の傷跡を残しつつも順調に復興。かつて海洋交易で繁栄を極め、1979年にユネスコ世界遺産に指定された屈指の景観美を誇る街が、世界中から再び注目されている。

©Damir Fabijanić / CROATIAN TOURIST BOARD

波の向こうに見える天国

イギリスの劇作家バーナード・ショウは、「この世の天国が見たければドゥブロヴニクに行かれよ」という言葉を残している。が、そこはいつでも天国というわけではなかった。バルカン半島の複雑な歴史の中でも記憶に新しい出来事のひとつに、91年から92年にかけてのセルビア・モンテネグロ勢力によるドゥブロヴニク包囲がある。宝石のような観光地は激しい砲撃を受け、半数以上の歴史的建造物が破壊されて多数の死者を出す惨状に陥る。しかしドゥブロヴニクはその後奇跡的な再生力で修復され、往年の姿をほぼ取り戻した。訪れる人々を魅了してやまない天国は、絶望から希望の街へ変遷を遂げた生き証人でもあるのだ。

©CROATIAN TOURIST BOARD / Ivo Pervan

ドゥブロヴニクは海に突き出た半島状の旧市街と、多くの市民の生活拠点である新市街に分かれる。見どころは、海洋大国ラグーサ共和国だった13~16世紀に築かれた旧市街。分厚い城壁にぐるりと囲まれた街は、オレンジ色の屋根の建物でぎっしり埋め尽くされ、足元に続く大理石の石畳が光沢を放つ。メインストリートは、市街の西側入口にあるピレ門から海に向かうプラツァ通り。東西を横切る大通りの突きあたりにはスポンザ宮殿が佇み、石造りの細かい細工が施され特徴的なアーチが並ぶ。かつて税関や造幣局や銀行として機能していたドゥブロヴニクを代表するゴシック・ルネッサンス様式の建造物で、この辺りが経済・商業の中心地であった時代が偲ばれる。現在は古文書館となり、11世紀初頭のローマ法王の制令から先の内戦まで貴重な歴史的文書が揃う。

旧市街を海側から眺めるには、船に乗って目の前のロクルム島に上陸しよう。沖合い700メートルの島から目の前を妨げるものは何もない。透通る海に飛び込み、波の間から中世の街並みを望むこともできるのだ。

©Damir Fabijanić / CROATIAN TOURIST BOARD

ワインが結ぶヨーロッパとアメリカ

目が覚めるほど真っ青なアドリア海はドゥブロヴニクの巨大な台所でもある。採れたての牡蠣やエビなどのシーフードは、滞在中の大きな楽しみだ。そして豊かな海産物とともに食卓を彩るのは、地元で作られるワインの数々。地中海性気候に育まれたぶどうの中で、特筆すべきはこの地方で生まれたプラヴァッツ・マーリ種だ。ワイン通ならその小ぶりな果実を見て、何かを連想するかもしれない。そう、カリフォルニアワインの品種ジンファンデルにとてもよく似ているのだ。実はこのプラヴァッツ・マーリは、近年ジンファンデルの近親種だと判明したぶどう。ワイン用のぶどうはヨーロッパからの移民によってアメリカ大陸に持ち込まれたが、プラヴァッツ・マーリもドゥブロヴニクから遠い昔に新大陸へ渡って行ったのだろうか。ぶどうの冒険物語に思いを馳せれば、ワインリストの中からローカルワインを探したくなるに違いない。

©Damir Fabijanić / CROATIAN TOURIST BOARD

©Damir Fabijanić / CROATIAN TOURIST BOARD


Info
●クロアチア政府観光局サイト(日本語)
croatia.hr/ja-JP/Homepage