アンデス山脈に抱かれた遺跡めぐりの重要地点
Ollantaytambo, Peru
オリャンタイタンボ, ペルー(2015年1月23日記事)

Ollantaytambo, Peru

オリャンタイタンボの「タンボ」とは宿泊所のことで、その名のとおりインカ帝国の中心地だったクスコ地方の交通の要所。インカ古道を再現したインカトレイルは、オリャンタイタンボ近郊を起点に3泊4日かけてマチュピチュに到達する山あり谷ありの登山コース。鉄道では世界で2番目に高い場所を走るペルーレイルの停まるオリャンタイタンボ駅があり、クスコ〜マチュピチュ間を電車で移動する時の中間地点となる。そして最近では主要都市から空の便で標高3400メートルのクスコに到着後、2800メートル地点のオリャンタイタンボ村に移動して高山病対策を図り、その後マチュピチュに向かうツアーが増えている。けれど、オリャンタイタンボを単なる通過点として通りすぎるのはあまりにもったいない。なにを隠そうこの村には、インカ帝国最大規模の遺跡が保存されているのだから。


インカ帝国最後の皇帝がたたずんだ遺跡

ペルーといえばインカ文明が有名だが、実は15世紀に栄え、16世紀に終わりを遂げた比較的新しく短い文明。この国にはそれよりさらに古く栄えたプレ・インカ文明がいくつもあり、地方によって大分特色が違う。インカ文明の遺跡を見て回りたいなら、高い技術を駆使した石造りの建物が残り、その中で人々が生活を続けるクスコ地方を外すわけにはいかないだろう。

かつてインカ帝国の首都だったクスコからオリャンタイタンボに続く一帯は「聖なる谷」と呼ばれ、その道中には塩田、遺跡、そしてトウモロコシ畑が広がっている。オリャンタイタンボ村にも大きなトウモロコシ畑があり、インカ人が発酵させてチチャ酒にしたトウモロコシが今も主な農作物として作られているのがわかる。アンデスの山並みに囲まれた日干しレンガの民家と畑の組合せは、この辺りの典型的な集落の姿。しかしここでは1537年の”オリャンタイタンボの戦い“で、最後の皇帝といわれるマンコ・カパック2世率いるインカ軍とスペイン軍の攻防の舞台となった遺跡が山肌にそびえ、厳かに村を見下ろしているのが異色だ。かつての砦は廃墟と化しているものの、延々と続く石の階段、青々とした段々畑、太陽神殿があったとされる遺跡上部の巨石群などはそのまま残り、スペイン軍に破壊されたことなど忘れてしまうほど鮮烈な存在感を放っている。

石切や石造建設とならんでインカ文明で卓越していたのが水道技術。複雑な水道施設を持つ遺跡が多く、オリャンタイタンボの見どころのひとつ「皇女の浴場」では、インカの十字架チャカーナが彫刻された石から水が勢いよく流れ落ちてくる。村を歩くと溝の掘られた石畳をみかけるが、これもインカ時代に作られた水路で、いまだ現役というのに驚かされてしまう。



リャマとその仲間が待つ牧場へ

空から見るとリャマの形をしているというオリャンタイタンボ遺跡。リャマは家畜として飼育され、儀式の生贄や重い荷物の運搬に使われるなど当時の生活に密着した存在だった。近くのアルパカ牧場に足をのばせば、リャマをはじめアルパカやビクーニャなどのかわいい仲間が勢ぞろいしている。至近距離で触れ合い心和んでいる時、ふと彼らが耳を後ろに倒し始めたらアラート発生。強烈なにおいの胃液を吐いて威嚇する準備なのだ。インカの人達もこの攻撃には戦々恐々だっただろうか?


Info
●ペルー政府観光局公式サイト(日本語)
www.peru-japan.org